クロネッカーウェーバーの定理の局所への帰着
これは日曜数学会アドベントカレンダー2021への参加である。
クロネッカーウェーバーの定理の証明を調べた:
https://kskedlaya.org/cft/sec_kronweb.html
証明がクリックで展開するタイプの素敵な類体論の教材で、局所クロネッカーウェーバーの定理に帰着する方針が書いてあった。
(ただし "A variety of other methods can be found in other texts." と書いてある)
ここでは、局所クロネッカーウェーバーの定理に帰着する様子を観察する。
(今回は局所クロネッカーウェーバーの定理の証明には踏み込まない。そんなに単純ではなさそう。)
いくつかの事実を使う。
[a] $\mathbb{Q}$上の代数拡大の分岐について:
[a1] $\mathbb{Q}$上の任意の非自明な代数拡大は、どこかの素数が分岐する。
(説明は例えば Minkowski's_bound)
[a2] 有限次代数拡大で分岐する素数の個数は判別式の素因数であり、従って有限個である。
[a3] $\mathbb{Q}$に1の原始$p^n$乗根を添加する拡大では、$p$は純分岐し、$p$以外は分岐しない。
(判別式を計算して示すのだと思う。)
[b] 代数拡大と、対応する局所体の拡大との関係
$K$の素イデアル$p$を固定した時、代数体のガロア拡大$L/K$は、
ガロア群の$p$に対する分解群$Z$と惰性群$T$にガロア対応する中間体によって
以下の挙動をする3段階拡大 $K\subset L^Z\subset L^T\subset L$ に分けられる。
(定義と説明は例えば
https://tsujimotter.hatenablog.com/entry/hilbert-theorem
)
・$K\subset L^Z$では、$p$は完全分解する (分解先の1つを$p'$とおく)
・$L^Z\subset L^T$では、$p'$は惰性する
・$L^T\subset L$では、$p'$は分岐する ($p'$の分岐先を$p''$とおく)
対応する局所体の拡大 $K_p\subset L^Z_{p'}\subset L^T_{p'}\subset L_{p''}$ を考えることができて、次のようになる。
・$K_p=L^Z_{p'}$は、自明な拡大
・$L^Z_{p'}\subset L^T_{p'}$は、不分岐拡大(巡回拡大でガロア群はフロベニウス写像で生成される)
・$L^T_{p'}\subset L_{p''}$は、純分岐拡大
さらに、${\rm Gal}(L_{p''}/L^Z_{p'}),{\rm Gal}(L_{p''}/L^T_{p'})$はそれぞれ元の分解群Z,惰性群Tと同一視できる。
(局所化による拡大次数の減少は1段階目で起こり、2,3段階目では拡大次数は保たれる)
*例:$K=\mathbb{Q}, L=\mathbb{Q}(\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{5},\sqrt{7}), p=7$ の場合
・$\mathbb{Q}\subset \mathbb{Q}(\sqrt{2},\sqrt{15})$ で、$p$は4つの素イデアルに完全分解
・$\mathbb{Q}(\sqrt{2},\sqrt{15})\subset \mathbb{Q}(\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{5})$ で、$p$は惰性
・$\mathbb{Q}(\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{5})\subset \mathbb{Q}(\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{5},\sqrt{7})$ で、$p$は分岐
対応する局所体のほうでは
・$\mathbb{Q}_7=\mathbb{Q}_7(\sqrt{2},\sqrt{15})$
・$\mathbb{Q}_7(\sqrt{2},\sqrt{15})\subset \mathbb{Q}_7(\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{5})$ は2次の不分岐拡大
・$\mathbb{Q}_7(\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{5})\subset \mathbb{Q}_7(\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{5},\sqrt{7})$ は2次の純分岐拡大
*例2:$K=\mathbb{Q}, L=\mathbb{Q}(\zeta =\zeta _{15}), p=19$ の場合
・$\mathbb{Q}\subset M=\mathbb{Q}(\zeta +\zeta ^4)$ で、$p$は4つの素イデアルに完全分解
・$\mathbb{Q}(\zeta +\zeta ^4)\subset K$ では $p$は惰性
対応する局所体のほうでは
・$\mathbb{Q}_{19}=M_{19}$
・$\mathbb{Q}_{19}\subset K_{19}$ は 2次の不分岐拡大
(Mは$\zeta $を$\zeta ^{19}=\zeta ^4$に送る同型によって固定される中間体である。)
このように、円分体の分解群は、$\zeta $を$\zeta ^p$に送る同型で生成され、これを使うと$\mathbb{Q}$の類体論の相互法則を記述できる)
[本題] $K/\mathbb{Q}$を有限次アーベル拡大としたとき、ある1の原始$n$乗根$\zeta _n$によって$K\subset \mathbb{Q}(\zeta _n)$となることを示したい。
[特殊な場合1] K/Qで1つの素数pだけが分岐する場合を想定する。
この$p$に対する分解群と惰性群による3段階拡大$\mathbb{Q}\subset K^Z\subset K^T\subset K$を考える。
$\mathbb{Q}\subset K^Z\subset K^T$ では $p$では分岐しない。今回の想定により他の素数でも分岐しないから、
事実[a1]によって$\mathbb{Q}=K^Z=K^T$、すなわち惰性群$T$はガロア群全体である。
対応する局所体の3段階拡大$\mathbb{Q}_p=K^Z_{p'}=K^T_{p'}\subset K_{p''}$を考える。
仮定と[b]末尾の主張より、$K^T_{p'}\subset K_{p''}$ もアーベル拡大であり、
局所クロネッカーウェーバーの定理によって、$K_{p''} \subset K^T_{p'}(\zeta _n)$ となる$n$が存在する。
事実[a3]により、$n=p^N$とおける。
*立ち止まり:ここで少し一般的に考える:
「$n=p^N$とする。($\mathbb{Q}_p(\zeta _n)/\mathbb{Q}_p$が純分岐拡大な状況を考えている。)
拡大$L/\mathbb{Q}$に対応する局所体の拡大$L_{p''}/\mathbb{Q}_p$が$\mathbb{Q}_p(\zeta _n)/\mathbb{Q}_p$の中間体ならば、$L$は$\mathbb{Q}(\zeta _n)/\mathbb{Q}$の中間体と言えるか?・・☆
拡大$L/\mathbb{Q}$に対応する局所体の拡大$L_{p''}/\mathbb{Q}_p$が$\mathbb{Q}_p(\zeta _n)/\mathbb{Q}_p$に等しいならば、$L=\mathbb{Q}(\zeta _n)$と言えるか?・・★
もし言えないなら、どのような追加条件が有れば良いか?」
例えば$p=2, L=\mathbb{Q}(\sqrt{-17})$あるいは$L=\mathbb{Q}(\sqrt{17},\sqrt{-1})$のような場合を考えると、
$\sqrt{17}\in \mathbb{Q}_2$なのでどちらの例も$L_2/\mathbb{Q}_2$は$\mathbb{Q}_2(\zeta _4)/\mathbb{Q}_2$に等しいが、$L=\mathbb{Q}(\zeta _4)$ではない。
この観察から、★を正当化するには以下の追加条件を要求したくなる。
[c1] $\zeta _n\in L$
[c2] $L/\mathbb{Q}$の惰性群$T$がガロア群全体である、すなわち$L/\mathbb{Q}$における$p$の最大不分岐拡大が$\mathbb{Q}$である
(1つ目の例では[c1]が、2つ目の例では[c2]が満たされていない。)
実際これで十分である。
事実[b]より ${\rm Gal}(L/\mathbb{Q}) = {\rm Gal}(L_{p''}(\zeta _n)/L^T_{p'})$であり、
さらに[c2]より$L^T_{p'}=\mathbb{Q}_p$であるから${\rm Gal}(L/\mathbb{Q}) = {\rm Gal}(L_{p''}(\zeta _n)/\mathbb{Q}_p)$となる。
次に$n=p^N$のとき$\mathbb{Q}_p(\zeta _n)/\mathbb{Q}_p$の拡大次数は$\mathbb{Q}(\zeta _n)/\mathbb{Q}$の拡大次数と等しいことと、
[c1]による包含関係 $\mathbb{Q}\subset \mathbb{Q}(\zeta _n)\subset L$ と合わせると$\mathbb{Q}(\zeta _n)=L$が要求される。
$K$に$\zeta _n$を添加した$L=K(\zeta _n)$を考えて、これが$\mathbb{Q}(\zeta _n)$に一致することを示す。
設定により[c1]、上記の議論により[c2]が満たされているので、目的は達成された。
[特殊な場合2] K/Qで、2つの素数p=a,bだけ分岐する場合を想定する。
$p=a$に対する分解群と惰性群による3段階拡大$\mathbb{Q}\subset K^Z\subset K^T\subset K$を考える。
$\mathbb{Q}\subset K^Z\subset K^T$ では$p=a$は分岐しないが、$p=b$で分岐するかもしれない。
そこで、[特殊な場合1]の結果より、$K^T\subset \mathbb{Q}(\zeta _m), m=b^M$とおける。
対応する局所体の3段階拡大$\mathbb{Q}_a=K^Z_{a'}\subset K^T_{a'}\subset K_{a''}$を考える。
先と同様に[b]の末尾の主張と[a3]により、$K_{a''}\subset K^T_{a'}(\zeta _n), n=a^N$とおける。
また上記の$\zeta _m$により、$K^T_{a'} \subset \mathbb{Q}_a(\zeta _m)$ とおける。
そこで、$L=K(\zeta _n,\zeta _m)$とおくと、同様な議論で$L=\mathbb{Q}(\zeta _n,\zeta _m)$を示して目的を達成できる。
$K^T\subset \mathbb{Q}(\zeta _m)$であることと、$L$の設定と、[a3]から、$L^T=\mathbb{Q}(\zeta _m)$である。
対応する局所体の拡大は、$\mathbb{Q}_a \subset L^T_{a'}=\mathbb{Q}_a(\zeta _m) \subset L_{a''}=L^T_{a'}(\zeta _n)$ な状況である。
事実[b]により ${\rm Gal}(L/L^T) = {\rm Gal}(L_{a''}(\zeta _n)/L^T_{a'})$であり、
$n=p^N$のとき$L^T_{a'}(\zeta _n)/L^T_a$の拡大次数は$L^T(\zeta _n)/L^T$の拡大次数と等しいことと、
包含関係 $L^T\subset L^T(\zeta _n)\subset L$ と合わせて$L^T(\zeta _n)=L$を得られる
[一般な場合] (概要)
分岐する素数の個数を増やした場合も、同様の議論で議論ができると思う。([a2]より分岐する素数は有限)
このように1つずつに分けて観察すると、より地に足ついた感じで状況を理解できた。
(参照した資料では、一気にすべての分岐する素数に対する惰性群が生成する部分群をとって議論していた。)
*感想
参照した資料で、$K\subset \mathbb{Q}(\zeta _n)$を示すために、$K(\zeta _n)=\mathbb{Q}(\zeta _n)$を示す方針は回り道のように見えて最初は意図が分からなかったが、
これは、上記の「立ち止まり」の考察の☆より★のほうが正当化しやすいからだと自分なりに解釈できた。
「分解群」「惰性群」という言葉を改めて理解できた。「3段階分解」を明示的に記述することで、状況をよく理解できた。
ただし振り返ると、今回の証明では「分解群」のほうは本質的に関わっていなく、「惰性群」だけを使った2段階分解を記述すれば、証明には十分であった。
「惰性群」という名前に少し不満を認識した。
・$K\subset L^Z$ では、$p$は完全分解
・$L^Z\subset L^T$ では、$p$は惰性
という描写では確かにそういう名付け方になるけど
・$L/L^T$ では、$p$は純分岐
という視点では、むしろ、「分岐群」と呼びたくなる。実際、k次分岐群という概念があって(下付き)0次分岐群が惰性群に相当するらしい。
ところで、$p$進数体$\mathbb{Q}_p$が「局所」という言葉で表されることについて、今まで疑念を持たずにいたが、
どうして代数幾何的な「素イデアル」の文脈というより、「付値」の文脈での「局所」が使われるのかについて疑念ができた。
すぐに思いつく観察としては、
・$\mathbb{Z}$と$\mathbb{Q}$では素イデアルの集合は異なるが、付値の集合は等しい
(素イデアルの文脈では整数環を経由する必要があるが、付値の文脈ではその必要がない)
・「付値」のほうはアルキメデス的な付値=無限素点を含む。今回の証明に関しては、
[a1] $\mathbb{Q}$上の任意の非自明な代数拡大は、どこかの素数が分岐する。
の証明に、アルキメデス的付値が本質的に使われている。
2021/12/5
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