ブラウアー群の完全列
ブラウアー群について、
「0→Br(K)→(直和)Br(Kp)→Q/Z→0 は完全列である」・・★
という事実があり、この中央の完全性は類体論を使って示されるらしい。
(wikipediaのブラウアー群のページや、https://math.berkeley.edu/~seewoo5/BG.pdfの最後の方)
ところがそれは私の知っている類体論と結びつかなかった。
私の知っている類体論とは、最近見かけた以下のと同じ、アルティン写像としての「類体論」である:
https://aleph-mathnote.themedia.jp/posts/9192491
この意味での類体論が、どうやってブラウアー群と結びつくのだろう?
https://en.wikipedia.org/wiki/Brauer_group#Class_field_theory
該当する所の少し先にある記述を読むと、★の完全性(の一部)は相互法則と関係あると書いてあった。
特にQ上の一般四元数環Q(a,b)を考えると平方剰余の相互法則と結びつく、と書いてあった。
この視点で考えてみると、確かに類体論とブラウアー群が結びつくことを観察できた。
・基礎体はQとした。一般の代数体でも議論はあまり変わらないと思う。
・ブラウアー群の元のうち、特に位数が2のものについて観察した。
実質的な内容はヒルベルト記号である(https://en.wikipedia.org/wiki/Hilbert_symbol)
(それ以外のものの局所体上の構成については[1-2]で触れた。完全性と相互法則の関係には類似の議論ができると思う。)
・事実の観察をして、証明は追っていない。
・同型四元環の同型を具体的に構成するパズルを楽しんだ。
・3つの平方数の和で表せる整数の性質についてこの視点で説明できた。
追記:よく考えたら、これは3つの整数の平方和ではなく、有理数の平方和で表せることしか示せていなかった・・
(それだったら局所大域原理で示せるし、そもそもそれと同等ぐらいの武器を使ってしまっている・・)
[1-1] 局所体上の一般四元数環
K上の一般四元数環K(a,b)とは、
集合{w+xi+yj+zk|w,x,y,z∈K}に、i2=a, j2=b, k=ij=-jiの積構造を入れた環である。
#このとき、k2=ijij=i(-ij)j=-iijj=-ab となる。
*a,bの選び方によって、できあがる環は異なるかもしれないが、次の事実がある:
KがQpあるいはRのときは、環同型を同一視すると、できあがる環はちょうど2種類しかなくて、
2種類のうち片方は、K係数の2次正方行列がなす環に同型で、
もう片方は、すべての元が逆元を持つ非可換な環(いわゆるハミルトンの四元数環タイプ)である。
*このノートではこれらをそれぞれ行列型とハミルトン型と呼ぶことにする。
どちらになるか、w2-ax2-by2+abz2=0 がK上に非自明な解(w,x,y,z)を持つかどうかで判定できる。
#(w+xi+yj+zk)(w-xi-yj-zk) = w2-ax2-by2+abz2 [四元数のノルム] に注意すると、
w2-ax2-by2+abz2=0 が非自明な解を持つことは、逆元が存在しない元があることと同値だと分かる。
#これは、[Milne]の類体論の資料ではIV章、特に練習5.7にあった
https://www.jmilne.org/math/CourseNotes/cft.html
・ヒルベルト記号のwikipediaの説明にあるように ax2+by2=1が解を持つかとも言い換えられる
・次のようにも言い換えられる(後で使う):
aが平方元の場合は行列型
aが平方元でない場合、K(√a)/Kのノルム群にbが属するなら行列型、そうでなければハミルトン型
#Qp(a,b)がハミルトン型になるには、
Qp(√a)/QpあるいはQp(√b)/Qpが分岐拡大である必要があることを指摘する(後で使う)。
なぜならもしK(√a)/Kが不分岐拡大なら単数はすべてノルム群に属し、K(√b)/Kも不分岐拡大ならbは単数である。
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[1-2] ブラウアー群Br(Qp)への像
A係数の正方行列環をAと同じ類と分類することで、K上の中心的単純多元環のテンソル積による演算がブラウアー群Br(K)をなす。
#A加群の圏とA'加群の圏が、圏同値のとき、AとA'を同じ類と分類することに相当する。「森田同値」
局所体上のBr(Qp)は、Q/Zと同型である事実がある。
Aが[1-1]で記述した一般四元数環のときは、行列型が0∈Q/Z、ハミルトン型が1/2∈Q/Zに対応する。
*n>2に対しても、Qpのn次の不分岐拡大Uをとって、
{x+yi | x,y∈U} に対して、in=p, iu=uσi [σはフロベニウス写像]と積を入れることで、
ハミルトン型四元数環のn次バージョンに相当する環を得る。
この環が、ブラウアー群をQ/Zと同一視した時の1/n∈Q/Zに対応する。
#この内容を、Lubin-Tate理論のLubinさんが以下の質問で(超謙虚に)回答していた。
https://math.stackexchange.com/questions/321453/what-are-the-p-adic-division-algebras/321519#321519
*σの代わりにσをk回作用させたものを使った場合にできる環が、k/n∈Q/Zに対応する。
*Qp上の中心的単純多元環は(森田同値を除き)この方法ですべて得られる(非自明な)事実がある。
[2-1] Q上の一般四元数環
Q上の一般四元数環は先と同様に定義されるが、できあがる環の種類はずっとたくさん(無限に)ある。
Q上の中心的単純多元環Aを考える。
それを局所化したQpあるいはR上の中心的単純多元環Apたちを考えることができる。
Apの属するブラウアー群の元たちを考える。
事実:有限個のpを除いて、Apは単位元0∈Br(Qp)に属する。
残りの有限個の非零のブラウアー群の元をQ/Zの元として足し合わせたものは、0になる。
これが、完全列★「0→Br(K)→(直和)Br(Kp)→Q/Z→0」の完全性が意味することの一部である。
・n=2の場合での観察:
Q上の一般四元数環を考え[a,b∈Q]、
同じa,bによるQpあるいはR上の一般四元数環Qp(a,b), R(a,b)を考え、
それらの属するブラウアー群の元たちを考える。
[1-1]の指摘により、ブラウアー群の元が自明にならないQpの候補は、
Qp(√a)/QpあるいはQp(√b)/Qpが分岐拡大になるようなpに限られる。
そのようなpは判別式の素因子なので、結局pはa,bの素因子あるいは2(,∞)を考えれば良い
#例えばa=3,b=5の場合。
a=3に対してはp=2,3、b=5に対してはp=5が分岐拡大を与える。
・Q2(√3)/Qでは、b=5はノルム群に属する:対応するブラウアー群の元は0
・Q_3(√3)/Qでは、b=5はノルム群に属さない(3を法として5が平方非剰余だから):対応するブラウアー群の元は1/2
・Q_5(√5)/Qでは、a=3はノルム群に属さない(5を法として3が平方非剰余だから):対応するブラウアー群の元は1/2
・R(√3)/Rでは、b=5はノルム群に属する:対応するブラウアー群の元は0
そういうわけで合計は確かに1/2+1/2で、Q/Zの元として0になる。
#もう少し一般化:a,bが異なる奇素数あるいは符号を変えたものの場合を考えると
・Q2上では、a,bのどちらかが4N+1のときに0、a,bがともに4N+3のときに1/2、
・Q_a上では、aを法としてbが平方剰余かどうかに応じて0か1/2
・Q_b上では、bを法としてaが平方剰余かどうかに応じて0か1/2
・R上では、a,bのどちらかが正のときに0、a,bがともに負のときに1/2、
これらを足し合わせたときに整数になる(Q/Zの元として0になる)ことがちょうど平方剰余の相互法則に対応する。
#補足:aが奇数のQ2(√a)/Qは、aが4N+3のときに分岐拡大となり、4N+1部分がノルム群の奇数部分をなす。
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[2-2] 類体論の視点、アルティン写像の視点
以下が、類体論の主な結果の1つの様式である:
Qのイデール群I*から、最大アーベル拡大ガロア群への写像 I*→Gal(Qab/Q)があって、
I*の部分群としてのQ*の元、つまりすべての成分が同じ対角線的な元は、その核にいる。
(従って、イデール類群C=I*/Q*からGal(Qab/Q)への写像「大域アルティン写像」φが定義される。)
特にすべての成分がbであるようなイデールβ=(b,b,b,...,b)の行先g∈Gal(Qab/Q)を考え、
その、Q(√a)/Qへの作用を考える。
これが、自明な作用になるはずである。(βはガロア群への写像の核に居るから。)
それぞれの局所体Qpに対して、局所アルティン写像φp: Qp*→Gal(Qpab/Q)が定義される。
大域アルティン写像の行先は局所アルティン写像の行先をすべて掛け合わせたものと一致するのが、
局所アルティン写像との整合性「ノルム剰余記号の積公式」である。
そうすると、局所アルティン写像によるbの行先のQ(√a)/Qへの作用について、
すべてのpで合わせたものが自明な作用になるためには、
共役となるpが偶数個あることが要求される。
これが、[2-1]で要求している内容と同じ要求になる。
#a=3,b=5の場合、p=3,5において、φp(b)がQp(√a)に対して共役に作用し、他のpに対してはφp(b)が自明となる。
[3] 完全列★「0→Br(Q)→(直和)Br(Qp)→Q/Z→0」の他の主張
[3-1] すべての局所化の様子が同類なら、Q上の中心的単純多元環として同類であること。
[3-2] 偶数個の局所(例えばp=3,5,11,13とか)を任意に固定した時に
それらへの局所化ハミルトン型の四元数環となるような、Q上の中心的単純多元環が存在すること。
言い換えると、任意に与えられた(有限)素数の集合P={p[1],...,p[N]}に対して、
ax2+by2=1 がp進数に解を持たないpの集合がPに一致するような(a,b)の組が存在する。
(Nが奇数の時は無限遠を付け加えてa,bはともに負になり、Nが偶数の時は付け加えずa,bのどちらかが正になる。)
さらに同じ集合Pに対応する異なる組(a,b),(a',b')があるとき、それらが与える一般四元数環は同型である。
スクリプトを書いた。a,b:
→
P:
#Pが空集合の場合の後半の主張は「ハッセの局所大域原理」の内容に相当する:
「ax2+by2=1 がすべてのQpで非自明解(x,y)を持つならば、Qでも非自明解を持つ」
#後半の主張の例として、(a,b)=(-1,-1)と(a',b')=(-2,-2)はどちらもP={2(,∞)}に対応する。
従ってi2=-1,j2=-1,k=ij=-ijな四元数環Aと、I2=-2,J2=-2,K=IJ=-JIな四元数環A'は同型なはずである。
Aには2乗して-2になる元はいくつかある。[例えば(xi+yj+zk)2 = -x2-y2-z2に注目]
そのうち2つをI,Jとして採用し、IJ=-JIの関係が成り立つものを探す。
I=j+k, J=i+k とすると IJ = -k+j+i-1, JI = k-i-j-1 で失敗である。
I=i+j, J=i-j とすると IJ = 2k, JI=-2k で成功である。
逆変換は i=(I+J)/2, j=(I-J)/2 とすぐにわかる。
#前半の主張に関しては、P={13,17}の場合に相当する(a,b)を探してみると、意外とすぐには見つからず、楽しい宝探しだった。
13,17のどちらを法としたときも平方非剰余であるような元q(例えばq=7)をとって、
(a,b)=(13q,-17q) と設定すると、条件を満たせた。
#ここでもqの違いは同型の違いとなるはずである。
例えばi2=91,j2=-119,k=ij=-ijな四元数環Aと、I2=-91,J2=119,K=IJ=-JIな四元数環A'は同型なはずである。
#具体的な同型写像を探してみると、意外と難しかった。
ノルムが-91や119の元で、IJ=JIを探すものを見つける。
91*(300/7)2 - 119*(780/7)2 + 10829*112 = -91
91*(17/14)2 - 119*(5/14)2 = 119
すなわち、
I = (300i+780j+77k)/7
J = (17i+5j)/14
IJ = (1500ij + 13260ji + 1309ki + 385kj)/98
= (119*55i+187*91*j-1680k)/14
= (935i+2431j-240k)/2
* ki = iji = -jii = -91j , kj = ijj = -199]
* IJ2 = 10829 を直接確認した。]
*計算の過程を少し紹介すると、先にJに相当するものを見つけたあとに、
91*x2-119*y2 + 10829*z2 = -91
91*17*x - 119*5*y = 0
を連立して、xを消去してyについて解いて y = 13*√(119*z2+1)/14
yが有理数になるようなz=11をもとに組を構成した。
#他にも例えばq=7とq=11に相当する、(a,b)=(91,-119),(143,-187)が与える四元数環も同型なはずである。
[4] 3つの平方数の和
・Q上の四元数環として、(a,b)=(-1,-1)と(a',b')が同型ならば、
a',b'はハミルトンの四元数環のノルムだから、その符号を変えたものは3個の平方数の和で表せることが分かる。
*ハミルトンの四元数環で2乗して有理数になるのは有理数またはxi+yj+zkの形をした元だけ、その2乗は-x2-y2-z2だから。
*逆にa'がノルムであれば、上記が同型になるようなb'が存在することは、直接的な構成により分かる。
具体的には a'=-x2-y2-z2, i'=xi+yj+zk、z≠0 とおけるとき、例えばj'=yi-xjとすればi'j'=-j'i'であり、
従ってb'=-x2-y2が同型を与える1つの例となる。
すなわち、正の整数aを3つの平方数(追記:整数とは示せていない)の和で表せる
⇔ Q(-a,-b)がハミルトンの四元数環に同型である整数bが存在する
そして、完全列の主張のうち[3-1]の部分により、これは次に同値である:
⇔ ヒルベルト記号(-a,-b)pの値が-1になる素点pの集合が{2,∞}である整数bが存在する
正の整数aが3つの平方数の和で書ける条件は、知られていて、
aが平方因子を持たない場合に限れば、a≡7 (mod 8)でないことと同値である。
(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10136847045)
これを、上記のようなbが存在することを実際に構成することで説明することを試みた。
(追記:しかしこれでは有理数の平方和で表せることしか示していない・・)
*[2-1]でも指摘したように、(-a,-b)pが-1になる素点の候補は、
Qp(√a)/QpあるいはQp(√b)/Qpが分岐拡大になるようなpに限られるので、
判別式の素因子なので、すなわちa,bの素因子あるいは2,∞を考えれば良い。
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[4-A] aが奇数, ただしa≡7 (mod 8)でない場合
a = Πp[x] Πq[y],
p[x]は8で割って1か3余る素数
q[z]は8で割って5か7余る素数
と素因数分解する。
[A-1] p[x]たちを法として平方剰余、
[A-2] q[y]たちを法として平方非剰余
[A-3] -2t-a-1が8の倍数でない
を満たす(正の)素数tをとって、-b=-2tを採用する。
・平方剰余の補充法則による-2が平方剰余になる条件を合わせれば、
p[x],q[y]すべてを法として、-bは平方剰余となる。
従ってpがこれらの素点のとき(-a,-b)p=1 である。
・bが偶数なので、-ax2-by2=1の左辺を8で割ったあまりは-aまたは-a-bにしかならないから、
a≡7 (mod 8)でない設定と、条件[A-3]により、右辺に一致できない、すなわち(-a,-b)2=-1 である。
・a,bの符号により、(-a,-b)∞=-1 である。
・(-a,-b)pが-1になる素点の候補は、素数tだけが残っているが、
候補があと1つなので、積公式により必然的に(-a,-b)_t=1と決まる。
以上により目的を達成する。
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[4-B] aが偶数の場合(aが平方因子を持たないのでaは4の倍数でないとしている。)
a = 2 Πp[x] Πq[y],
p[x]は4で割って1か5余る素数
q[z]は4で割って3か7余る素数
と素因数分解する。
[B-1] p[x]たちを法として平方剰余、
[B-2] q[y]たちを法として平方非剰余
[B-3] -t-1, -a-t-1 がともに8の倍数でない
を満たす(正の)素数tをとって、-b=-tを採用する。
*条件[B-1][B-2]により、tを4で割ったあまりが制限されることがある。
aが4の倍数でないおかげで、条件[B-3]を満たすことが可能になる。
・平方剰余の補充法則による-1が平方剰余になる条件を合わせれば、
p[x],q[y]すべてを法として、-bは平方剰余となる。
従ってpがこれらの素点のとき(-a,-b)p=1 である。
・aが偶数なので、-ax2-by2=1の左辺を8で割ったあまりは-bまたは-a-bにしかならないから、
条件[B-3]により、右辺に一致できない、すなわち(-a,-b)2=-1 である。
・[A]と同様の議論で、(-a,-b)∞=-1、(-a,-b)_t=1で、目的を達成する。
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[4-具体例]
t=13は5,7を法として平方非剰余で、3を法として平方剰余なので、
3,5,7を素因数とするa≡1,3 (mod 8)に対してb=-26が有効となる。
具体的にはa=-3,-35,-105に対してb=-26が有効である。
t=41は3,7を法として平方非剰余で、5を法として平方剰余なので、
2,3,5,7を素因数とするa≡2 (mod 8)に対してb=-17が有効となる。
具体的にはa=-10,-42,-210に対してb=-17が有効である。
[他のメモ]
・ガロアコホモロジーの視点
ブラウアー群は2次のガロアコホモロジーで書かれる事実がある。
https://tsujimotter.hatenablog.com/entry/quaternion-algebra-and-2-cocycle
イデール群をI*, イデール類群をCとおくと0→K*→I*→C→0の完全列のコホモロジーと結びつく。
そうすると★の最左辺が0である事実([3-1]の主張)はH1(G,C)=0と言い換えられる。
これは類体論の証明の途中で出てくるらしい。(Milne 定理5.1(b))
・★の完全列に関するQ&A
https://math.stackexchange.com/questions/591249/brauer-group-of-a-field-of-rational-numbers/591279
*Serre's book "A course in arithmetic."
*The book on algebraic number theory edited by Cassels and Froehlich
が紹介されていた。
2020/09/20
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