Chow群の簡単な説明といくつかの例、特にグラスマン多様体G(2,4)のChow群の環構造

https://twitter.com/Algo______/status/1307914495763726337 をきっかけにこの話題に出会った。 検索すると、とても丁寧な資料を見つけた(英語で630ページある): https://scholar.harvard.edu/files/joeharris/files/000-final-3264.pdf 今回ここに紹介するのは、この資料の14章あるうちの最初の3章程度だけに由来する。 いくつかのChow群の例をまとめてみた。 そして「P^3内の4本の直線と交わる直線の数は2本」に至るまでを自分なりにまとめてみた。
簡単な定義。ここでは常に標数0の代数閉体上の滑らかな多様体を想定している。 ・「Chow群」とは:Xの既約な閉部分多様体を形式的な基底とするZ-加群(これを代数的サイクルと呼ぶ)を有理同値類で割ったもの ・有理同値類とは:(k+1)次元閉部分多様体Zとその上の有理関数fがあるとき、  fの零点と極で表される代数的サイクル(をXに押し出したもの)は0に有理同値とする。 (例1で具体的に説明する) Xの閉部分多様体Zに対応するChow群の元を[Z]で表記する。 (Zが既約でないとき、例えばZが2つの既約な閉部分多様体Z1とZ2に分解されるとき、[Z]=[Z1]+[Z2]とする) 多様体は本来はスキームの言葉でとらえると良いが、ここでは気にしなくてよいと思う。 ------ 積と環構造 (資料の定理1.5) ・Chow群の元同士に次の性質を満たす積が定義され、Chow群は次数付き環をなす。 Y1,Y2の余次元をa,bとすると、積[Y1][Y2]は余次元a+bの成分に居て、 代数的サイクルY1,Y2が「横断的に交わる」とき、積[Y1][Y2]は交わり[Y1∩Y2]に一致する Y1,Y2が「横断的に交わる」とは、すべてのp∈Y1∩Y2に対して、 Y1のpでの接空間とY2のpでの接空間がXのpでの接空間を生成することを言う。 #この定義により、Y1とY2が交点を持たないときもY1とY2は「横断的に交わる」。 #この定理が、この交叉理論(intersection theory)で鍵になる定理と見えた。
[例1] (資料では2.1) 射影空間、特にP^3のChow群は、次元ごとに生成元を1つ持つ。 従って群としてZ^4に同型であり、それを生成する代表元として、 ・[P^3] ・[H] ・[L] ・[q] がとれる。ここで、H,L,qはそれぞれ適当な射影平面、射影直線、点である。 *2つの異なる平面に対応する代数的サイクルは有理同値である。 *[d次曲面]は、Chow群の元として2[H]に等しい。 #例えば、3次曲面S:X^3+Y^3+Z^3=W^3と平面H:W=0の3倍が有理同値であることは、  f=(X^3+Y^3+Z^3-W^3)/W^3 というP^3上の有理関数の存在が示す。 *同様に、2つの直線に対応する代数的サイクルは有理同値である。 #例えば L1:Y=Z=0 と L2:X=W=0 が有理同値であることを示すには、直線L3:X=Y=0を介すると良い。  平面H:Y=0上の有理関数Z/Xを考えることで、[L1]=[L3]が言える。同様に平面X=0を使うと[L3]=[L2]が言える。 *P^3の曲線Cの次数という概念はむしろ自明でない。[C]=d[L]が有理同値になる整数dが一意的に存在する。 *同様に、P^nのすべての点は有理同値である。 積構造は、[H][H]=[L], [H][L]=[q], [L][L]=0 などである。 #2つの平面が横断的に交わるには、2つの平面が異なる平面であれば良い。 #HとLが横断的に交わるには、LがHに含まれていなければ良い。 #LとLが横断的に交わるには、交点を持たなければ良い。 ・一般にP^nのChow群は余次元dの生成元[H_d](0≦d≦n)たちで生成され、 [H_a]と[H_b]の積は[H_(a+b)] という単純な構造をしている。 ------ [例2] アフィン空間A^3のChow群は、空間全体に相当する[A^3]で生成される1つの基底しか持たない。 Chow群はZと同型で、環としてもZと同型ということになる。 *例えばA^3内の平面H:z=0は0に有理同値である。これはf=zという有理関数が存在するからである。 (射影空間の有理関数は零点と極の位数の和が一致するが、アフィン空間の有理関数は零点だけを持っても良い) ----- [例3] P^2内の楕円曲線C: Y^2Z=X^3-XZ^2 のChow群は、[C]および、すべての(無限子の)点[q]たちで生成される。 すなわち例1とは異なり、q1,q2が異なる点のとき、Chow群の元として[q1]≠[q2]である。 このように、滑らかな曲線上のChow群の0次元成分、あるいはもう少し一般的に余次元1の成分は、因子類群という概念と一致する。 ------ [例4] 射影平面を1点(原点と呼ぶ)でブローアップした多様体の1次元成分は、 原点を通らない直線に対応する代数的サイクル[C]と、 原点を通る直線に対応する代数的サイクル[L]で生成される。 http://searial.web.fc2.com/aerile_re/bl.html 積構造は次のようになる: [L][L] = 0 [C][L] = [q] [C][C] = [q] *原点を通る異なる直線は、ブローアップされると交わらなくなる *原点以外での交点は、ブローアップされても交点である *例外因子と呼ばれる[E]は、[C]-[L]に等しく、[E][E] = -[q] となることをリンク先で観察した。 ------ [例5] (資料のp.103) グラスマン多様体G(2,4)は、P^3における直線の集合からなる4次元多様体である。 P^3の平面Hと直線Lと点qを、q⊂L⊂H⊂P^3となるように1つずつ固定する。 Σ_{0,0}: P^3の直線(グラスマン多様体自体)=4次元多様体 Σ_{1,0}: 直線Lと交わる直線=3次元部分多様体 Σ_{2,0}: 点qを通る直線=2次元部分多様体 Σ_{1,1}: 平面Hに含まれる直線=2次元多様体 Σ_{2,1}: 平面Hに含まれ、点qを通る直線=1次元多様体 Σ_{2,2}: 直線L=0次元多様体 *Σ_{a,b}という番号づけは次のような仕組みを持っていて、余次元(a+b)の多様体となる。 「(2-a)次元部分空間と点を共有し、(3-b)次元部分空間と直線を共有する」 (この添え字のつけ方は高次元への一般化やピエリの公式の記述に都合が良いのだと思う) *次の仕組みで、G(2,4)は、A^4∪A^3∪A^2∪A^2∪A^1∪A^0(非交和) とアフィン分解される ・Σ_{0,0}からΣ_{1,0}を除いたものは多様体としてA^4 ・Σ_{1,0}からΣ_{1,1}とΣ{2,0}を除いたものは多様体としてA^3 ・Σ_{2,0}からΣ_{2,1}を除いたものは多様体としてA^2 ・Σ_{1,1}からΣ_{2,1}を除いたものは多様体としてA^2 ・Σ_{2,1}からΣ_{2,2}を除いたものは多様体としてA^1 *従って資料の定理1.18により、これらの[Σ_{a,b}]がG(2,4)のChow群を生成する。  資料にならって[Σ_{a,b}] = σ_[a,b] とおく。 積構造:資料 定理3.10 σ[1,0]σ[1,0] = σ[1,1]+σ[2,0] σ[1,0]σ[1,1] = σ[2,1] σ[1,0]σ[2,0] = σ[2,1] σ[1,0]σ[2,1] = σ[2,2] σ[1,1]σ[1,1] = σ[2,2] σ[2,0]σ[2,0] = σ[2,2] σ[1,1]σ[2,0] = 0 *σ[1,0]σ[1,0] = σ[1,1]+σ[2,0]の幾何的説明[補足を追記した]: 同一平面Hに含まれる2つの直線L1,L2をとる。L1とL2の交点をqとする。 「直線L1と交わる直線 かつ 直線L2と交わる直線」を考えると、 これは「平面Hに含まれる直線」または「点qを通る直線」であり、 *σ[1,0]σ[1,1] = σ[2,1] の幾何的説明: 平面Hに含まれない直線Lをとる。LとHの交点をqとする。 「直線Lと交わる直線 かつ 平面Hと交わる直線」は 「平面Hに含まれ、点qを通る直線」である 他も同様に考察できると思う。省略する。 この結果から、σ[1,0]σ[1,0]σ[1,0]σ[1,0] = 2σ[2,2] を得る。 これが、最初のきっかけで出会った結果 「P^3内の4本の直線と交わる直線の数は2本」を示している。 *雑談:ヤング図形(資料4.5)を使った積構造の描写がある。 ところでヤング図形と言えば、対称式の計算を思い出した。 上記の積構造の関係式とは (x+y+z)(x+y+z) = 2(xy+yz+zx)+(x^2+y^2+z^2) [ただし係数の2は類似から外れている] (x+y+z)(xy+yz+zx) = (xxy+yyz+zzx+xyy+yzz+zxx) (x+y+z)(x^2+y^2+z^2) = (xxy+yyz+zzx+xyy+yzz+zxx) ・・・というふうに類似が見られる。(たまたま同じ仕組みがあるだけで直接は関係ないかなと思う。)
2020/10/28 [追記] 資料を読み進めていくと、3章の3.5「特殊化」という項があって、このことに触れていた。 「L1と交わる直線」「L2と交わる直線」は4次元パラメータ空間でそれぞれ余次元1の多様体である。 今、L1とL2が同一平面Hに含まれるという特殊な状況を想定している。 この状況で、対応する余次元1の多様体が横断的に交わることを確認する必要がある。

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