滑らかでない曲面での曲率の解釈


[1] いくつかの事実 [2] 「球面三角錘」 [3] 結果の概要 [4] 曲率の計算方法 [4A] ベクトル平行移動法 [4B] 球面塗り分け法 [5] 背景、追記 これは、日曜数学 Advent Calendar 2019への参加記事です。 これを書いていて、曲面の幾何学について掘り下げると、私自身いろいろ理解が深まりました。 それについては、またかなりの量になってしまったので、別のノートに書くことにしました。 (興味があればぜひどうぞ。)

[1] いくつかの事実

[1-1] 球面三角形の面積と内角の和の関係 「単位球上の球面三角形の内角の和は、その面積プラスπである」・・★ これは、マスパーティで松森さんが発表した内容です: 実は、その発表が、この記事を書く最初のきっかけでした。 内容は検索すると例えば 高校数学の美しい物語 などでも紹介されています。 [1-2] ガウスボンネの定理 (3次元ユークリッド空間における種数0の滑らかな)閉曲面について、 「曲面の曲がり具合を足し合わせると一定になる」 より技術的には、「曲率を面積分すると4πになる」という定理です。 これは、私が高校生の時に受けた数学者招待講演で知りました。 「局所と大域を結びつける公式は美しい」として紹介されたのを記憶しています。 # 例えば半径rの球面の曲率は1/r^2であり、表面積は4πr^2である。 [1-3] (多面体に関する)デカルトの定理 頂点に集まる角を2πから引いたものを「不足角」と呼ぶことにすると、 任意の多面体について「不足角の合計は4πになる」 これは、あとで説明されるように、多面体では頂点に曲率が集中していると理解されます。 そういう意味で、ガウスボンネの定理を拡張した結果と理解されます。 # 正多面体の場合の不足角の計算の様子などがwikipediaに書いてある。 [1-4] 曲率とは 曲線の曲率は、ぴったり接する円の半径の逆数とか説明されたりしますが、曲面の曲率は、より難しい概念です。 検索すればいくつかの説明が見当たりますが、今回、2つの説明を紹介します。 特に、滑らかでない曲面でも解釈ができるような視点を紹介します: [A] ベクトル平行移動法 [B] 球面塗り分け法 (通常滑らかな曲面に使われるような、解析的な定義については踏み込みません) それから注意として、この記事では、何かを前提として何かを示すのではなく、 複数の視点で複数の事実を紹介することで、周辺の理解を深める意図とします。

[2] 球面三角錐

球面三角形と球の中心を結んでできる「球面三角錘」とでも描写されるような立体を考えます。 球面上の3点A,B,Cをとって、A,B,Cを球の中心Oと結びます。 A,B,C同士を「大円の弧」で結びます。(2点と球の中心を含む平面が球を切断する曲線です。) 球面三角形ABCと、3つの扇形OAB,OBC,OCAで囲まれた図形を「球面三角錐」と呼ぶことにしました。 これは滑らかな部分と、多面体の頂点のような部分を合わせ持った立体です。 この立体を題材にして、曲率を計算し、ガウスボンネの定理が成り立つ様子も観察しようという作戦です。 この立体では、以下の部分に0でない曲率が存在します。 @ 球面三角形ABC(周囲を除く) A 円弧AB,BC,CA(両端を除く) B 頂点A,B,C C 球の中心O @は、球面三角形の面積に相当します。 また、Bは、球面三角形の内角と関係します。 頂点に集まる曲率というものが、[1-3]の不足角の方法で計算されることを既知とすれば、 内角が大きくなる具合と、集まる曲率が小さくなる具合が、線形の関係というわけです。 ガウスボンネの定理によれば@ABCの合計が一定だから、 もしAとCが打ち消し合えば、上記の考察から、@+Bが一定であることが、ちょうど★の事実に結びつくと思いました。 その辺りの様子も観察してみたいと思いました。

[3] 結果の概要

球面三角錐の曲率が存在する部分を再掲し、結果を先にまとめておきます: @ 球面三角形ABC(周囲を除く) A 円弧AB,BC,CA(両端を除く) B 頂点A,B,C C 球の中心O [4A]の方法では以下の結果を得ます: @「2πから球面三角形ABCの外角の和を引いたもの」 A「中心角AOB,BOC,COAの和」 B「球面三角形ABCの外角の和」 C「2πから中心角AOB,BOC,COAの和を引いたもの」(不足角) [4B]の方法では、球面三角形ABCの「極三角形」球面三角形abcを使って(後で説明します): @「球面三角形ABCの面積」 A「球面三角形ABc, aBC, AbCの面積」 B「球面三角形Abc, aBc, abCの面積」 C「球面三角形abcの面積」 @ABCの合計が4πになることは、どちらの視点でもすぐに分かります。 さらに実際には、@Bの和、ACの和がそれぞれ2πずつになっています。 このことは[A]では明らかですが、[B]だけでは分からないように思います。

[4A] ベクトル平行移動法

私が知っていた解析的な曲率の定義は、法ベクトルを使って外在的に定義されるものでした。 内在的にはどうやって定義されるのだろうと調べて、この視点に出会いました。 https://eman-physics.net/relativity/riemann.html 下記のページの「17.平行ベクトル場とガウス・ボンネの定理」にも考察が書いてありました。 http://sshmathgeom.private.coocan.jp/diffgeom/diffgeom.html 「ベクトルを、曲面上の経路に沿って平行移動しながら、経路を1周して戻って来たときに、ベクトルの角度の変化具合」を 「その経路で囲まれた部分での曲率の積分(合計)」と解釈します。 解析的な方法では、まず1点における曲率を定義して、それを面積分したりするのですが、 この視点では、先に面積分したものが定義されるという順番です。 この視点では、曲面上の1点における曲率は、経路を小さくしていった極限として定義されます。 (この定義が、well-definedなのかは自明でないですが、踏み込みません。) それから、ベクトルの経路に沿った平行移動とは何か等、踏み込む余地は多いです。 ここでは感覚的なイメージに任せます。具体的には次を使います: ・大円の弧に沿った平行移動では、大円の弧となす角が一定に保たれる。 ・多面体の辺を乗り越えるような平行移動では、展開図での平行を考える。 注意。 例えば赤道に沿ってベクトルを1周平行移動させたとき、ベクトルは同じ向きです。 これは、あるべき曲率から逆算すれば、角度変化が2πであると解釈するべきです。 また、赤道から少し北極にずれた場合は角度変化は2π±εになるわけですが、符号はどちらなのか。 これも、逆算すれば、経路で囲まれた部分として北極側と南極側のどちらを採用するかに依存します。 (微小な領域に分割し、微小な領域では曲率が0に近いとする逆算も有り得るかもしれません。) しかしいずれにしても、暗黙のうちに大域的な情報を利用せざるを得ない側面があります。 改めて、このノートでは視点の紹介を目的にし、難しい問題は踏み込まないのです・・。 @の考察:球面 例えば図のようにAが北極で、BとCが赤道上にあって経度差が90度のような状況を考えます。 AからBに向かうベクトル(青)をAからBに平行移動すると南向き、 それをBからCに平行移動すると南向きのまま、 それをCからAに平行移動すると、AからCに向かうベクトルになります。 そういうわけで、ベクトルの角度の変化は経度差に一致する結果になり、これが球面三角形全体の曲率です。 一般に、経路が球面上の大円の弧からなる多角形の場合には、 ベクトルの角度の変化は、2π-(外角の和) という結果になります。 (これは、例えば次のように説明できます: 多角形に沿って曲がるベクトル(緑)を考えると、緑は1周の間にちょうど1回転する。(2π進む) 青と緑の角度差を考えると、頂点を通過するごとに、その頂点の外角が加算される。 従って最終的な角度差は、上記の式となる。) ところで、球面では曲率は一定であるから、球面多角形全体の曲率は、当然その面積に比例するべきです。 そうすると、球面多角形の外角の和を2πから引いた値は、その面積に比例する、を得ます。 比例定数は特殊な場合を考えれば得られ、特に球の半径が1のとき比例定数は1です。 冒頭の★は内角を使って描写されましたが、このように外角を使うとより一般化できる仕組みでした。 Aの考察:弧 弧BC部分の曲率を考えます。BCを赤道と思って、北極点Nをとります(下図の左)。 (弧BCに集まる曲率は、もう1つの頂点Aがどこにあっても影響を受けないことを使っている。) OB向きのベクトルを、扇形OBCから弧BCを乗り越えて球面NBCに移すと、北極を向きます。 球面ABC上で、点Bから点Cまで平行移動すると、北極を向いたままです。 それからまた弧BCを乗り越えて扇形OBCに移すと、OC向きになります。 従って角度の変化は、角BOCの大きさ、となります。 Bの考察:頂点 頂点Cの曲率を考えます(上図の右)。 球面ABCから弧BCに垂直なベクトル(図では下向き)を、弧BCを乗り越えて扇形OBCに移すとCO向きに、 それを辺OCを乗り越えて扇形OACに移してもそのままCO向きで、 それを弧ACを乗り越えて球面ABCに移すと、弧ACに垂直な向き(図では右向き)になります。 従って角度の変化は、球面三角形ABCの頂点としてのCにおける外角となります。 あるいは、十分に狭い範囲を局所的に考える視点で、次のCと同様と思うこともできます。 すなわち不足角で計算できて、集まっている角が「90度、90度、内角C」という考え方です。 Cの考察:中心 多面体の辺を乗り超えるようなベクトルの移動は、ここでは展開図で考えることにします。 同じ辺に由来するが、展開図上では切り離されたOAとOA'を考えます。 OAに垂直なベクトルを展開図上でOA'上まで平行移動させるわけです。 立体上で平行移動で1周したときのベクトルの変化の角度は、 展開図上では、図の青のベクトルと赤のベクトルのなす角度に相当します。 これは、展開図上でのOAとOA'のなす緑の角と同じになります。 これはちょうど、不足角の概念に等しいという仕組みです。

[4B] 球面塗り分け法

これは、私の思いつきです。私が調べた限り、見当たりませんでした。 簡単のため、凸な立体に限って考えることにします。 例えば図の左側に示したような三角錐の各頂点での曲率を考えるとします(曲率が頂点だけに存在する)。 平面を遠くからこの図形にぶつかるまで接近させることを考えます。 あらかじめ、平面に取っ手のような垂直なベクトル(茶色)で立体と反対向きなものをつけておきます。 図のように平面が左から接近すれば、図の青の頂点にぶつかります。 ここで、立体とは別に、半径1の球を用意します。 球の中心からこの茶色のベクトル向きの点を、ぶつかった頂点に対応した色で塗るのです。 図に示した場合では、球の左側が青く塗られるということになります。 これを、いろいろな向きの平面で行うと、球面全体を塗り分けることになります。 その結果、おおまかに左側は青、右側は緑、手前は紫、上は赤に塗られます(図の右側)。 (実際に塗ると手前と奥が重なって図示が分かりにくいので、境界線だけ示しました。) このときに、それぞれの色で塗られた球の表面積が、対応する頂点の曲率です。 今回の場合、塗り分けの境界線は、「大円の弧」になります。 境界線が塗られるのは、平面が接近すると三角錐の辺全体にぶつかる場合に相当します。 滑らかな閉曲面の場合も、この視点を使うことができます。 例えば、図の左のような放物線を回転させた立体のうち、赤線より下の部分での曲率の積分は、 右に示した半径1の球面のうち、赤線より下の部分の表面積という解釈です。 (茶色のベクトルは左右の図で同じ向きのつもりです。 左側の図の茶色のベクトルは、赤線の部分において立体に垂直なベクトルです。) (ちなみに、この場合に本当に通常の定義による曲率と等しいことは、 通常の定義での曲率に関するガウスボンネの定理を既知とすれば次のように説明できます: 上の図の2つの図形の赤線より下の部分を交換することを考えます。 赤線より上の部分は変化せず、閉曲面全体での曲率の積分はガウスボンネの定理より定数だから、 赤線以下の部分の曲率の積分も、交換の前後で変わらない。) 一般の場合の証明にはならないですが、これも踏み込まないことにします。 しかし一旦この定義による曲率を採用してしまえば、ガウスボンネの定理は、 すべての色を合わせれば、球面全体が塗られる、と解釈することができます。 それでは以下球面三角錐について計算します。 @の考察:球面 「球面三角形ABC色」に塗られるのは、ちょうど球面三角形ABCと同じ向きにある球面三角形です。 上記の説明では立体と別の球面を用意しましたが、 以下では球面三角形ABCを含む球面と同一視してしまいます。 Aの考察:弧 「弧AB色」に塗られる領域の境界線を考えます。 1つは、弧AB自体です。この境界線を越えると、「球面三角形ABC色」に塗られてしまいます。 他の境界線を考えるには、扇形OABの単位法ベクトルで、立体OABCと反対向きのベクトルをOcとします。 (例えば図のように扇形OABを赤道としてCが北半球にあるとき、cは南極です。) そうすると、残りの境界線は、大円の弧BcとAcです。 Bcを超えると「頂点B色」、Acを超えると「頂点A色」に塗られてしまいます。 そういうわけで、塗り分けにおいて「弧AB色」に塗られるのは、球面三角形ABcの部分です。 点cと同様に、扇形OBC,OCAの法ベクトルを考えて、点a,bをとります。 (wikipediaの球面三角形のページの「極三角形と双対原理」に書いてある言葉を使うと、 球面三角形abcは球面三角形ABCの極三角形というものです。) そうすると、Aの結果は、球面三角形ABc,aBC,AbCの面積の合計です。 ところで、球面三角形ABcの面積は角AOBの大きさに等しいです。 (面積が2πな南半球のうち、(角AOBの大きさ)/2πの割合を占めるから。) そうすると、この結果は[4A]の結果と同じだと分かります。 Bの考察:頂点 例えば「頂点B色」に塗られる部分は、球面三角形aBcです。 aBを超えると弧BC色に、Bcを超えると弧AB色に、acを超えると頂点O色になる状況です。 この面積は、Aの最後と同様の議論で、中心角aOcと言い換えることもできます。 さらに、角aOcの大きさでもあり、扇形OABと扇形OBCの法ベクトルのなす角であり、 図形的によく観察すれば、球面三角形ABCの外角Bに言い換えられます。 これで、[4A]の結果と同じになります。 Cの考察:中心O 「頂点O色」に塗られるのは、残った球面三角形abcです。 これが[A]の結果と同じだと(★を使わずに)直接示す方法は思いつきませんでした。 ★を使えば、球面三角形abcの面積は、2π-(球面三角形abcの外角の和) であり、 そこでBの最後の論法を使うことで、2π-(中心角AOB,BOC,COAの) となって[4A]と同じになります。

[5] 背景、追記

・球面塗り分け法を思いついた経緯 [1-2]のガウスボンネの定理の次元を下げたものに相当する事実があります: 平面上の単純閉曲線で曲率を(線)積分すると2πになります。(ガウスボンネの定理の2次元版?) 対応して、[1-3]のデカルトの定理の次元を下げたものに相当する事実は、 初等的な「多角形の外角の和は2π」という事実に他なりません。 これらの事実の説明は容易ですが、それを立体図形にも拡張できる方法を考えた経緯です。 多角形に直線を接近させて、ぶつかる頂点によって円周を塗り分ける、 という説明を考えて、それを3次元の場合に言い換えると、[4B]に説明した視点を得ました。 だから、以下の関係と言えると思います:
離散的連続的
2次元外角の和の性質ガウスボンネの定理の2次元版
3次元デカルトの定理ガウスボンネの定理
こうして、デカルトの定理やガウスボンネの定理を、外角の和の性質の仲間として解釈できる という視点を得たのが、今回の発見で、一番紹介したかったことです。 ・追記 英語版wikipediaの曲面の曲率のところを読んでいると、また別の視点がありました。 Bertrand-Diguet-Puiseux theoremと名前が付いています。 いわく、ある点から、等距離の点が描く曲線の周の長さを利用するものです。 ある点から等距離rの点が描く曲線の長さをC(r)とすると、 lim[r→+0] 3*(2πr-C(r))/πrrr がその点での曲率と一致するという定理です。 この分子に、不足角のような式が現れるので結び付けられるのかなと思ったのですが、 多面体の場合は曲率が1点に集中していて形式的には無限大になってしまうので、 この式と結びつけるのは難しいと感じました。 ただ、この定理はそれ自体が面白いと思ったので、ついでに紹介しておくことにしました。
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