楕円関数について、特に零点と極を使った視点 と 虚数乗法の片鱗

これは、日曜数学 Advent Calendar 2018への参加である。 [きっかけ] https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14198817424 でワイエルシュトラスのペー関数について調べ、理解を深めることがあった。(1)〜(3)がこのあたりの話になる。 その際にいろいろな資料に出会ったが、特に http://www.mathstat.concordia.ca/faculty/bertola/ThetaCourse/ThetaCourse.pdf テータ関数を使って楕円関数を記述する視点に初めて出会い、感心した。これを(4)で紹介する。 それから、ヤコビの楕円関数の零点と極について調べ、ワイエルシュトラスのペー関数との関係を理解した。これを(5)で紹介する。 ヤコビの楕円関数については2年前のAdvent Calenderの記事の最後でQ[i]の類体論として登場した。 そのあたりのより詳しい理解は、以前からの私の目標の1つである。 そのあたりについて、今回もいろいろ出会い、まだ理解しきれていないが、(7)で少しだけ紹介した。 2年前の記事に「私の数学の勉強には、常に本話題が大きな中心の1つにあったと思う。」と書いた傾向は、まだ続いているのである。 (8)はその展望である。 (6)は寄り道である。τ→i∞の極限を考えると通常の三角関数を得ることに出会った。 これはインターネットでは他にあまり出会わなかったので紹介しようと思った。 さて楕円関数の視点ではτを固定してzを動かすのであるが、 zを固定してτの変数とみなすと、保型形式の視点となる。 これについては内容があまりにも深く、今回はあまり触れないことにした。 自分用のメモとして1つだけ書いておくと 「z=N等分点でのh(z,τ)の値は合同部分群に対する保型関数となる」というのに出会った。 https://pdfs.semanticscholar.org/6b1a/3460843cb92c706f79ee5c9c714e9df90fc3.pdf いろいろな内容になってしまったが、(6)までは零点と極に注目する視点が多かったので、このようなタイトルにした。 (1) 例:ワイエルシュトラスのペー関数p(z) (2) 格子に対応する楕円曲線 [補足] 楕円曲線上の加法演算 (3) 零点と極の分布について (4) テータ関数 (5) ヤコビの楕円関数 (6) 極限τ→i∞ (7) 周辺(とりとめのない話) (8) 円分多項式の既約性との結びつき
[定義と表記] τを虚部が正の複素数(定数)として、(1,τ)で生成される格子をΛとおく。 C/Λは1次元の複素トーラスである。 C上の関数fで、λ∈Λに対してf(z)=f(z+λ)を満たすものは、C/Λ上の関数と見なせる。 その中でも、有理型関数=正則関数の比である関数に興味がある。(定義は説明しない。) そのような関数が楕円関数と呼ばれるものである。 (楕円関数自体は、(1,τ)で生成される格子以外でも定義できるが、  適当に複素数倍することで、(1,τ)で生成される格子に帰着できる。) ・断りのない合同式は、mod Λで考えているものである。
(1) ワイエルシュトラスのペー関数p(z) これは楕円関数の代表で、 p(z)=1/z^2 + Σ(1/(z-l)^2 - 1/l^2) [lは0以外の格子点を渡る] で定義される。複素数平面に視覚化すると、 (赤い点の逆二乗和) - (青い点の0を除いた逆二乗和) である。 従って zのΛの差の違いに対して p(z)は不変であり、従って楕円関数である。 導関数p'(z)も楕円関数であり、重要な役割を果たす。 早速、その零点と極について考えたい。 ・一般にコンパクトなリーマン面の正則関数は定数関数に限る。  従って有理型関数は、その極と零点で定数倍を除いて決定される。 (Cはコンパクトでないが、C/Λはコンパクトなリーマン面である。) ・さらに、極の位数の合計と、零点の位数の合計は等しいことが要求される。 (最初のリンク先で紹介したように、「偏角の原理」を使って示される。) ・その値をnとすると任意のcに対してf(z)=c となるzは重複度を込めてn個存在する。 ( f(z)-c の極は f(z) の極と同じだから f(z)-cの零点の位数の合計もnとなる。) ・式の形から、p(z)は z≡0 でのみ極をもち、2位の極である。 ・p(z)は偶関数であり、z1≡±z2 ⇒ p(z1)=p(z2) が成り立つ。  p(z)は上記の記号でn=2な関数であることから、逆も成り立つ。 ・2z≡0 を満たす点は2等分点と呼ばれる。  2等分点の周囲では回転数とか写像度とか呼ばれるものが2になっている挙動である。  すなわち例えば p(z)-p(1/2) は z=1/2 で2位の零点を持つ。 ・導関数p'(z)は、z=0でのみ3位の極を持つ。 ・p'(z)は奇関数である。従ってz=0以外の3つの2等分点(z=1/2,τ/2,1/2+τ/2)に零点を持つ。  先の一般論から位数の合計は3だから、それぞれ1位の零点であり、他に零点はない。 ・よってp'(z)^2 と (p(z)-p(1/2))*(p(z)-p(τ/2))*(p(z)-p(1/2+τ/2)) は零点と極が一致する。  従って定数倍の違いである。  z=0でのローラン展開の先頭に注目すると左辺は (-2/z^3)^2, 右辺は (1/z^2)^3  従って p'(z)^2 = 4*(p(z)-p(1/2))*(p(z)-p(τ/2))*(p(z)-p(1/2+τ/2)) と分かる。 ・上記の右辺の2次の係数 p(1/2) + p(τ/2) + p(1/2+τ/2) は 0 である。  これは定義に従って観察すれば (1/2倍縮小した格子点の0を除いた逆二乗和) - (元の格子点の0を除いた逆二乗和)の4倍  と変形できることから分かる。 ・従って定数A,Bがあって、p'(z)^2 = 4*p(z)^3-A*p(z)-B の関係式が成り立つ・・・@ ・これを得る別の方針がある。 (例えば参考:http://tsujimotter.hatenablog.com/entry/complex-multiplication-2)  G4=Σ1/l^4, G6=Σ1/l^6 [lは0以外の格子点を渡る] とおくと  p(z)=1/z^2+3*G2*z^2+5*G6*z^4+... と展開される。(高次微分係数の計算で確認できる)  p'(z)^2 = (-2/z^3+6*G2*z+40*G6*z^3+..)^2 = 4/z^6-24*G2/z^2-160*G6+(zの正の冪)  4p(z)^3 = 4/z^6 + 36G2/z^2 + 60*G6 + (zの正の冪)  より、A=60*G4,B=140*G6 と設定して@の両辺の差を展開すると  両辺の差は(あるとすれば)zの正の冪のみであることが分かる。  ところがそのような関数は極を持たないから、定数関数であり、従って0である。
(2) 格子に対応する楕円曲線 これを使うとp(z)の零点をよく描写できる。 y^2=4x^3-Ax-B, あるいは射影化した Y^2*Z=4X^3-AXZ^2-B*Z^3 という楕円曲線を考える。 ここで定数A,Bは式@で登場した定数である。 C/Λの点と、Y^2*Z=4X^3-AXZ^2-B*Z^3で表される楕円関数の間に全単射がある: [X:Y:Z]=[p(z),p'(z),1] という対応で、z=0は「無限遠点Z=0」に対応する p(z)の逆関数を考えたい。 ・微分形式 dx/y を考える。(y=0での「不定形」はdx/y=2dy/(12x^2-A)で解消する。)  x=p(z),y=p'(z)を代入すると dx/y = dp(z)/p'(z) = p'(z)dz/p'(z) = dz である。  従って、これを積分すると、対応するz(の差)を得る。  特にz=0に相当する無限遠点から目的の点(x,y)までdx/yを線積分すれば対応するzを得る。  これが、p(z)の逆関数を実現する。(経路の違いが、格子Λとして現れる。) ・特に(x,y)=(0,±√B)のときの結果が、p(z)の零点である。 ・計算例として、τ=ω=exp(2πi/3)の場合を考える。このときA=0となることがわかる。 すなわち、y^2 = 4x^3-B である。Bの値は正である。(具体的な値は必要ない。) xが実数を動く時、x≧1ではyは実数、x<1ではyは純虚数である。 積分経路と、C/Λでの様子を図示した。 適当に縮尺を変えて描画している。 B=4b^3とおくと、グラフ中のx=1,y=1はそれぞれ実際にはx=b,y=√Bである。 またyが純虚数となる範囲をyの虚部を使って、赤色のグラフとして同じ平面に描画している。 左の図で矢印に示した経路でy/dxを線積分すると、右の図でzが積分値=その色の矢印を移動する。 緑の積分値は ω1=∫[b,∞] dx/√(4x^3-4b^3) で 紫の積分値は ω2=∫[-∞,b] dx/√(4x^3-4b^3) = i∫[-∞,b] dx/√(4b^3-4x^3) 紫の経路の途中にある赤い点が、p(z)の零点に相当する。 α = ∫[-∞,0] dx/√(4x^3-4b^3) = i∫[-∞,0] dx/√(4b^3-4x^3) この楕円曲線は(ω1,ω2)で生成される格子に対応し、αがp(z)の零点である。 すべての積分値はbに比例するので、比をとるとbは消える仕組みになっている。 コンピュータ(WolframAlpha)によると、ω2/ω1=i√3, α/ω2=2/3 らしい。 図の位置関係には、これを反映してある。特に、p(z)の零点は格子の「3等分点」となる。
(3) 零点と極の分布について ・リーマン球面では極と零点を(位数の合計が一致するように)指定すれば有理型関数を構成できた。 例えば z=a,z=bで1位の零点、z=cと無限遠点で極を持つような関数は、 単純に f(z) = (z-a)(z-b)/(z-c) というふうに構成できる。 ・C/Λ(あるいは楕円曲線)では、そうはいかない。 例えば、z≡1/2のみで1位の零点、z≡0 のみで1位の極を持つ関数は存在しない。 例えば上記で描写したy^2=x^3-1での関数な言葉を使うと、 点(1,0)のみで1位の零点、無限遠点で1位の極を持つような関数は存在しない。 * (x-1)という関数は、零点と極の分布は一致するが、位数が1ではなく2である。 * yという関数では、零点の位数は1で良いが、他の零点(ω,0)と(ω^2,0)がついてくる。 ・ちなみに、2次曲線では可能である。例えばx^2+y^2=1において、 点(1,0)のみで1位の零点、無限遠点で1位の極を持つ関数が存在する。 (「円の接線ではないが円と1点だけで交わる直線」です。お気に入りのクイズです。) (このあたりについて別のノートで本質的に同等な内容を「地に足がついた」方法で説明した。) ・正解となる事実を述べる(アーベル・ヤコビの定理の、次元が1の場合)  C/Λ(あるいは楕円曲線)で、与えられた零点と極を持つような有理型関数が存在するには、  C/Λの元として 零点の合計=極の合計 が成り立つ ことが必要十分条件である。  つまり例えば z≡a,z≡bで1位の零点, z≡c,z≡dで1位の極を持つ関数が存在する条件は、  a+b ≡ c+d が成り立つということである。 ---------- [補足] 楕円曲線上の加法演算 楕円曲線上には加法演算が定義されることが良く知られている。 具体的な言葉では、点P,Qを結ぶ直線がなす別の交点の、y座標をひっくり返した点が、P+Qである。 因子類群の視点では、P,Q,Rが一直線上にあるとき、P+Q+R=0と描写することができる。 これは、実は C/Λ におけるzの加法にそのまま対応する。 [説明] 直線の方程式 ax+by+c=0 の左辺を、楕円曲線上の関数とみなすことができる。 これはP,Q,Rで零点を持ち、無限遠点で3位の極を持つ。 ここで、上記で記述した条件により、P+Q+RはC/Λ上の点として、0でなければいけない。 すなわち、P,Q,Rが一直線であることは、C/Λ上の点としての加法が0であることと対応している。 ・(2)で扱ったp(z)の零点 y^2=4x^3-B 上の点(0,±√-B)はx軸に平行な接線と3重に交わる。 従って、楕円曲線上の加法演算という視点からも、確かにこの点が3等分点であることが確認できる。
(4) テータ関数 ・θ(z) = Σ exp(πinnτ + 2πinz) [n∈Z] という定義である。いかめしい。 ・テータ関数は、楕円関数(C/Λ上の関数)ではない。 1∈Λに対しては θ(z+1)=θ(z) を満たすことはすぐに分かるが、 τ∈Λに対して θ(z+τ)=θ(z) は満たさない。 しかし惜しい関係式は満たす: θ(z+τ)=Σexp(πinnτ + 2πinz + 2πinτ) = Σexp(πi(nn+2n+1)τ + 2πi(n+1)z - πiτ - 2πiz ) = exp(-πiτ-2πiz)θ(z) ・exp(-πiτ-2πiz)は非零だから零点と極の情報は、Λに対して不変である。 ・基本領域を囲む経路での留数積分により、基本領域に零点は1つだけで、極はないことが分かる。 (C/Λ上の関数ではないから、このようなことが許される。) ・テータ関数の零点  z≡1/2+τ/2 が零点であることが直接代入により、確認できる: θ(1/2+τ/2) = Σ exp(πinnτ + πinτ+πin) = Σ exp(πi(n^2+n)τ)*(-1)^n [n∈Z] (最右辺で、n=k-1とn=-kが打ち消し合って消える。) ・これを使って、(3)の条件を満たす限り、好きな場所に零点と極を持つ関数を記述できる。 ・例えば F(z) = θ(z-a)θ(z-b) / θ(z-c)θ(z-d) を考える。 F(z+1) = F(z) はすぐに従う。 F(z+τ) = F(z)*exp(-πiτ-2πi(z-a))exp(-πiτ-2πi(z-b))/exp(-πiτ-2πi(z-c))exp(-πiτ-2πi(z-d)) = exp(-2πi(z-a)-2πi(z-b)+2πi(z-c)+2πi(z-d)) F(z) = exp(2πi(a+b-c-d)) F(z) よって a+b-c-d が整数ならF(z)は確かにC/Λ上の関数となる。 ・例えばp'(z)の零点と極の情報から、  p'(z) は θ(z)θ(z+1/2)θ(z+τ/2) / θ(z+1/2+τ/2)^3 の定数倍と書ける。
(5) ヤコビの楕円関数 その定義に用いられるパラメータつきテータ関数を先に紹介する必要がある: θ[a,b](z) := Σexp(πi(n+a)^2*τ + 2πi(n+a)(z+b)) = exp(πia^2*τ+2πia(z+b)) * θ(z+aτ+b) この変形から、この関数の零点は、z≡(a+1/2)τ+(b+1/2) である。 さらに、a,b∈{0,1/2}のとき、次のような略記が使われる。 θ00(z) = θ[0,0](z) θ01(z) = θ[0,1/2](z) = θ(z+1/2) θ10(z) = θ[1/2,0](z) = exp(πiτ/4+πiz)*θ(z+τ/2) θ11(z) = θ[1/2,1/2](z) = exp(πiτ/4+πi(z+1/2))*θ(z+1/2+τ/2) a≠1の場合、θ10とθ11については、zを1増やした時に θ10(z+1) = -θ(z), θ11(z+1) = -θ(z) というふうに符号が変わることに注意。 ・ヤコビの楕円関数は次のように定義される。 s(z) = -θ(0)θ11(z) / θ10(0)θ01(z) = -i*exp(πiz)*θ(0)θ(z+1/2+τ/2) / θ(τ/2)θ(z+1/2) c(z) = θ01(0)θ10(z) / θ10(0)θ01(z) = exp(πiz)*θ(1/2)θ(z+τ/2) / θ(τ/2)θ(z+1/2) d(z) = θ01(0)θ(z) / θ(0)θ01(z) = θ(1/2) θ(z) / θ(0)θ(z+1/2) ・テータ関数の零点の情報から、これらの零点と極の情報を得る s(z)はz≡0で零点を持ち、z≡τ/2で極を持つ。 c(z)はz≡1/2で零点を持ち、z≡τ/2で極を持つ。 d(z)はz≡1/2+τ/2で零点を持ち、z≡τ/2で極を持つ。 ・直接代入により s(-1/2)=-1, c(0)=1, d(0)=1 が確認できる。 この分布は、(2)の条件を満たしていないので、格子Λに対する楕円関数ではない。 (実は格子Λの2倍の大きさを持つ格子に対する楕円関数となっている。) 実際、例えば、s(z+1)=-s(z),c(z+1)=-c(z)のような挙動をしている。 しかし、s(z)^2,c(z)^2,d(z)^2はΛを周期に持つ楕円関数となる。 ところで、p(z)-p(1/2)はz≡1/2で2位の零点を持ち。z≡0で2位の極を持つ関数であった。 これらにより、s(z)^2,c(z)^2,d(z)^2と同じ零点と極を持つ関数が構成できる。 さらに直接代入値を使って定数倍の違いを一致させることができると、次の結果となる: s(z)^2 = (p(1/2)-p(τ/2)) / (p(z)-p(τ/2)) c(z)^2 = (p(z)-p(1/2)) / (p(z)-p(τ/2)) d(z)^2 = (p(z)-p(1/2+τ/2)) / (p(z)-p(τ/2))
(6) 極限τ→i∞ を考える。形式的に、格子Λは、有理整数のみからなる格子となる。 ・まずワイエルシュトラスのペー関数に相当するものを考える。 p(z)=1/z^2 + Σ(1/(z-l)^2 - 1/l^2) [lは0以外の整数を渡る] と考えられる。 実はこの場合は級数は絶対収束するので順番を変えて整理できる: p(z)=Σ1/(z-n)^2 [nは整数] - π^2/3 ・・・A 対応する曲線y^2=4x^3-Ax-Bを考える。 A=60*Σ1/l^4, B=140*Σ1/l^6 [lは0以外の整数を渡る] はそれぞれ A=60*2*ζ(4) = 4/3*π^4 B=140*2*ζ(6) = 8/27*π^6 と形式的に求められる。あるいは、 p(1/2) = (半整数の逆二乗和) - (整数の逆二乗和) = 2π^2/3 p(τ/2) = p(1/2+τ/2) = p(∞) = Σ(-1/l^2) [lは0以外の整数] = -π^2/3 と形式的に計算して(1)で紹介した式@の右辺を求めても、次の同じ結果を得る: 曲線y^2=4x^3-Ax-Bは次のように分解され、特異点(x,y)=(-π^2/3,0)を持つ。: y^2 = 4*(x-2π^2/3)*(x+π^2/3)^2 p(z)の逆写像を与えるための微分形式は: dz = dx/y = dx / 2(x+π^2/3)√(x-2π^2/3) C/Λと曲線の対応図を描いた。緑の経路を積分すると1/2となる。 また、p(z)の零点を与える赤の経路の積分は、(i/π)log(√2+√3) となる。 すなわち z≡1/2±(i/π)log(√2+√3) が p(z)の零点となる。 (緑の△の周辺では∫dx/yが発散するという状況になっている) これをAに代入すると次の自明でなさそうな級数を得る: 「a = (1/π)log(√2+√3) のとき Σ1/(ai-n)^2 [nは半整数] = Σ2(n^2-a^2)/(n^2+a^2)^2 [nは正の半整数] = π^2/3」 (先日予告した https://twitter.com/icqk3/status/1063773351481532416 での表記はAの整理を行わずに代入して整理したもので、 上記の中辺のΣの中身から2/n^2を引いて符号を変えたものに相当する) ------- ・次にテータ関数と行きたいが、τをi∞に飛ばすとテータ関数は0に消えてしまい、うまくいかない。 ・ヤコビの楕円関数はテータ関数を使って定義されたが、その式では不定型になる。  しかしp(z)との関係式を使うと、それっぽいものが定義できて、次のようになる。 s(z)^2 = π^2 / (p(z)+π^2/3) c(z)^2 = (p(z)-2π^2/3) / (p(z)+π^2/3) d(z)^2 = 1 s(z)はz≡0で零点を持ち、c(z)はz≡1/2で零点を持つ。 また s(-1/2)=-1, c(0)=1, s(z+1)=-s(z),c(z+1)=-c(z) である。 s(z) = sin(πz) c(z) = cos(πz) と期待される。(i∞での挙動があるため、零点の分布だけでは根拠は十分でない) これをAと比べると、次が期待される: Σ1/(z-n)^2 [nは整数] = π^2/(sinπz)^2 これは実際に正しい。例えば無限積 sin(πz)/π = zΠ(1-z/n)(1+z/n) の両辺の対数をとって2階微分すると得られる。 そうとなれば、p(z)の零点は、sin(πz)=±√3 となるようなzとして直接求めることができる。 (exp(πiz)-exp(-πiz))/2i = ±√3 exp(πiz) = ±i(√3±√2) z = 1/2+N+(i/π)log(√3±√2) = 1/2+N±(i/π)log(√3+√2) [前の式の±iについていたほうの複号は、Nの偶奇に対応する] となって先の結果と一致した。

(7) τの関数として(とりとめのない話) ここからは A(τ),B(τ),p(z,τ)という表記を使うことにする。 定義から、τが変化しても格子Λが変わらなければ、これらは同じ関数となる。 すなわち A(τ+1)=A(τ), B(τ+1)=B(τ), p(z,τ)=p(z,τ+1) だから場合により、格子の関数としてA(Λ),B(Λ),p(z,Λ)という書き方をする。 こうしておくと、(1,τ)で生成される格子以外の格子にも対応できる(後で使う)。 (7-1) 相似変換に対する挙動 ・τ → -1/τ という変換では、格子は「相似変換」の挙動をする。  (複素数平面でO=0,P=1,Q=τ,R=-1/τとおくと△OPQ∽△ORP)  この相似変換に対しての、変換の都合良さが、保型性と呼ばれるものである。  p(z,τ) = 1/z^2 - Σ{1/(z+mτ+n)^2 - 1/(mτ+n)^2}  p(z,-1/τ) = 1/z^2 - Σ{1/(z-m/τ+n)^2 - 1/(-m/τ+n)^2}  を比較して p(z,-1/τ) = τ^2 * p(τz,τ) の関係を得る。 ・zでの微分 p'(z,-1/τ) = τ^3 * p'(τz,τ) と@を比べれば  A(-1/τ) = τ^4*A(τ), B(-1/τ) = τ^6*B(τ) が成り立つはずである。  これは、A=60*Σ1/l^4, B=140*Σ1/l^6 から直接得ることもできる。 ・大雑把に言うと、格子の拡大縮小に対して、  p(z)は2乗に比例、p'(z)は3乗に比例、Aは4乗に比例、Bは6乗に比例、  その結果、対応する楕円曲線Y^2=4X^3-AX-B は6乗に比例して拡大縮小する。  そこで、この重みつき次数が0次となるような式をとれば、拡大縮小に対して不変となる。 ・典型的な例がj関数:j(τ)=A^3/(A^3-27B^2) である(1728を掛けないものを採用した。)  すなわち j(-1/τ)=j(τ) を満たす。  j関数は、保型関数として、(適切に数えれば)零点と極が1つずつである。  (Λ=(1,i)のときが零点で、τ→i∞のときが極である。)  j(Λ)=j(Λ') ⇔ ΛとΛ'は相似な格子である という性質がある。 ・別の例は h(z,τ) = p(z,τ)*AB/(A^3-27B^2) がウェーバー関数として知られている。  これはzの関数としては単にp(z)の定数倍であるが、  τの関数としては、重みつき次数が0になるように調整してある。  従って h(z,-1/τ) = h(τz,τ) である。  やはり格子が同じならτによらないので、以下h(z,Λ)の表記も使う。 ・これは次のような意味でzの格子との位置関係を保つ変換式である: 図の赤と緑の格子が相似だとする。j(赤)=j(緑)である。 さらに赤△の赤格子との関係と、緑△と緑格子との関係が「相似」だとする。 このとき h(赤△,赤格子) = h(緑△,緑格子) が成り立つわけである。
(7-2) ウェーバー関数の計算例 ・例えば h(z=1/2,τ=√-2)を計算してみたいと思う。  2等分点でのp(z)の値は、p'(z)=0となるzでのp(z)の値だから、4X^3-AX-B の零点を計算すれば良い。  ウェーバー関数の値を得るには、それにAB/(A^3-27B^2)を掛ければ良い。  対応するA,Bを得るのに、q展開の公式による数値計算をすると次を得る: q:exp(-2*%pi*sqrt(2)); A:float( (2*%pi)^4/12* (1+240*sum( divsum(n,3)*q^n, n, 1, 10)) ); B:float( (2*%pi)^6/216* (1-504*sum( divsum(n,5)*q^n, n, 1, 10)) ); // A=134.1964736605535 // B=264.9035662593201 4*X^3 - A*X - B; // 4*X^3-0.62236447695981*X-0.083664909111196 allroots(%); %*A*B/(A^3-27*B^2); // X=-0.16150704536867, X=-0.2880658436214, X=0.44957288899007 対応するzは、無限遠点から dx/√y を曲線に沿って線積分して得られるのであった。 ・一番大きい解が、zが実数な2等分点、(yが実数な経路で無限遠点に至れるから) ・一番小さい解が、zが純虚数な2等分点(yが純虚数な経路で無限遠点に至れるから) に対応する。従って、h(1/2)=0.44957288899007 である。 ・・・ 数値は得たが、これは何者だろうか。別の、相似な格子を使って計算してみる。 ・j関数の値j(√-2)は、q展開で計算できるしwikipediaにも書いてあり、(5/3)^3である。 ・A^3/(A^3-27B^2) = (5/3)^3 を満たすもっと簡単なAとBを持ってくる。  例えばa=15, b=7√2 がこれを満たす。  4x^3-ax-b は3つの実な零点を持ち、具体的に得ることができる:  x1,x2=(√2±3)/2, x3 = -√2 (x1>x2>x3) そこで、  ω1 = ∫[x1,∞] dx/sqrt(4x^3-ax-b)  ω2 = ∫[-∞,x3] dx/sqrt(4x^3-ax-b) とするとω1,ω2で生成される格子Λが、a,bに対応する。 この格子は、(1,√-2)で生成される格子と相似なはずである。 実際計算機によると ω2/ω1 = √-2 となる。 ・ウェーバー関数は、相似変換で不変なのであった。 なので4x^3-15x-7√2の零点の ab/(a^3-27b^2)=35√2/243 倍を計算すれば良い。 (この3次式はZ[√2]係数で因数分解できて、具体的に解ける。) X1=(70+105√2)/486 X2=(70-105√2)/486 X3=-70/243 数値を見ると [0.44957288899007,-0.16150704536867,-0.2880658436214] 確かに先のとぴったりだー! というわけで h(1/2,√-2)=(70+105√2)/486 である。
(7-3) 虚数乗法の片鱗 http://www.math.columbia.edu/~chaoli/docs/MinorThesis3.html を主に参考にした。 虚二次なイデアルは、複素数平面で格子をなす。 これが、虚二次体と楕円関数を結びつける源泉となる。 さらに、イデアル類群の定義より、同じイデアル類群に属するイデアルは相似な格子を定める。 なので、j関数やウェーバー関数は、イデアル類群だけで決まる。 (7-3-1) まずZ[√-2]で観察することにした。 (1,√-2)で生成される格子をΛ、(赤) (11,3+√-2)で生成される格子をΛ'(青) (17,10+√-2)で生成される格子をΛ"(緑)とおく。 いずれも、Z[√-2]の単項イデアルをなす格子である。 ・Λ'やΛ"の2等分点は、Λの2等分点でもある。 ・Λ'の長方形の短辺の2等分点(青×印)は、Λでは対角線の2等分点(赤△印)であり  Λ'の対角線の2等分点(青△印)は、Λでは短辺の2等分点(赤×印)に対応する。 ・Λ"の場合は、関係が保たれている。 先の計算から、ウェーバー関数の値は ●印で -70/243 ×印で (70+105√2)/486 △印で (70-105√2)/486 であり、格子によらない。 ここで、上記紹介資料の定理5に書いてあることを具体的に観察することができる。 つまり h(z,青)^11 ≡ h(z,赤) (mod 11) h(z,緑)^11 ≡ h(z,赤) (mod 17) が成り立つ。具体的には { (70+105√2)/486 }^11 ≡ (70-105√2)/486 (mod 11) { (70+105√2)/486 }^11 ≡ (70+105√2)/486 (mod 17) ということである。 これは直接確認できるし、 2が(mod 11)では平方非剰余、(mod 17)では平方剰余であることでも説明がつく。
(7-3-2) 単項イデアルではない例Q[√-5]も挑戦してみた。 (1,√-5)で生成される格子Λ(紫) (7,3+√-5)で生成される格子Λ'(青) を使って考察する。(他の色の格子は「良い還元を持つ」という条件を満たさなかった) 紫の格子についていろいろ計算すると j(Λ)=(25+13√5)^3 / 6^3 a^3/(a^3-27b^2)=j(Λ)となるa,bの例:a = 30+9√5, b=28+18√5 4x^3-ax-bの零点:x=-2, (2±3*sqrt(2+√5))/2 ab/(a^3-27b^2)=(2420+1078√5)/243 h(×,紫) = (2+3*sqrt(2+√5))*(2420+1078√5)/486 h(●,紫) = (2-3*sqrt(2+√5))*(2420+1078√5)/486 h(△,紫) = -2*(2420+1078√5)/243 青の格子については j(Λ')=(25-13√5)^3 / 6^3 となる。 なので他の結果は上記の√5を-√5に変えたものとして得られる。 しかしどの印がどの値に対応するのかが、今度は分かりにくいので数値計算することにした。 数値計算には、格子(1,τ)を使った。τ=(1+√-5)/2 p(1/4+√-5/4) ≒ -2.597525153045003*%i-3.285582749834051 [p(z)≒1/z^2+1/20*A*z^2+1/28*B*z^4を使った] A=102.3726252474198 B=408.8396970403667 AB/(A^2-27B^3) = -0.012166270198796 h(1/4+√-5/4) ≒ 0.031602192860114*%i+0.039973287494983 というわけでこちらが虚部が正のほうでろう。 このようにして h(●,青) = (2+3*sqrt(2-√5))*(2420-1078√5)/486 h(×,青) = (2-3*sqrt(2-√5))*(2420-1078√5)/486 h(△,青) = -2*(2420-1078√5)/243 定理が主張することは h(z,青)^7 ≡ h(z,紫) (mod 7) である(?)。 {(2+3*sqrt(2-√5))*(2420-1078√5)/486}^7 ≡ (2+3*sqrt(2+√5))*(2420+1078√5)/486 いろいろ悩んだが、この形ではうまく考察できないという結論に達した。 なぜなら、格子を共役にとると、●と×が入れ替わる。 共役な格子をとったとすると、 {(2+3*sqrt(2-√5))*(2420-1078√5)/486}^7 ≡ (2-3*sqrt(2+√5))*(2420+1078√5)/486 のほうが成り立つことが導かれてしまう(右辺の符号が一箇所違う) それを修正するには、格子の共役選択を反映すれば良いのだろう。 つまり元の例では mod 7 ではなくて mod (3+√-5,7) で考察し、 共役な例では mod (3-√-5,7) で考察すれば良いのだろう。 sqrt(2-√5)^7 = (√-5/√5)^7 / sqrt(2+√5)^7 = -√-5/√5 / (2+√5)^4 * sqrt(2+√5) = -√-5/√5 / (161-72√5) * sqrt(2+√5) ≡ -√-5/√5 / (-2√5) * sqrt(2+√5) = √-5 / (-10) * sqrt(2+√5) ≡ -sqrt(2+√5) [√-5≡3 を使った] と確認できる。√-5≡-3 の場合は最後の符号が確かに逆になることも分かる。 ・ところでこれは、(2+√5) が F_7[√5] において平方元でないことと関係する。  これは20N+3,7型素数pでは常に成り立ち、  フィボナッチ数が第[p+1]項で初めてpの倍数になることと関係する。  一方20N+13,17型素数では (2+√5) はF_p[√5]で平方元であり、  フィボナッチ数はもっと早い項でpの倍数になる。 (この現象自体は前から知っていて、有限体の性質で示すことができる。  ちなみにこれが特に私がフィボナッチ数列に興味を持つきっかけであった。) こういう「2+√5 が平方剰余かどうか」というタイプの平方剰余の法則はあまり見かけない。 √(2+√5)の分解体LはQ上ではアーベル拡大ではないので、Q上の類体論は使えない。 (ガロア群は位数8の二面体群らしい) しかしここで、L/Q(√-5)はアーベル拡大であり、それが、規則的な法則をもたらす。
(7-3-3) もう1つ有名な単項イデアルではない例Z[√-6]も手短に (1,√-6)で生成される格子Λ (2+√-6,5)で生成される格子Λ' (4+√-6,11)で生成される格子Λ" j(Λ) = (1+√2)^2*(5+2√2)^3 a,bの例:a=15+6√2, b=12+7√2 2等分点:x=-√2,(√2±(1+√2)√3)/2 j(Λ') = (1-√2)^2*(5-2√2)^3 本質的な所は、Q(√-6)/Qで非単項イデアルに分解する素数p(24N+5,11)に対して { (-√2+(1-√2)√3)/2 }^p ≡ { (√2±(1+√2)√3)/2 }^p (mod p) 24N+5型のときは、青のように青△が赤●、青●が赤△に対応する(複号が負のほうが成立) 24N+11型のときは、緑のように青△が赤△、青●が赤●に対応する(複号が正のほうが成立) という現象であり、 これは、3がmod pで平方剰余かどうかで説明がつく。
(8) 円分多項式の既約性との結びつき 別のノートで円分多項式の既約性について書いた。 このタイミングで書いたのは、意図があった。 円分多項式は、Q上のアーベル拡大に関する理論である。 虚二次体Q(√-d)上のアーベル拡大に関する理論が、楕円関数の等分点である。 円分多項式の既約性に類似する性質が、ここにもあると思う。 (以下は私の現時点での認識であり、十分には理解していないので自信が少ないです) 楕円関数のN等分点は、2次元格子状に分布し、N^2個ある。 N等分点Pに対し、2倍点や3倍点が、定まる。 さらに虚数乗法により、√-d倍点も定まる。 結局、(a+b√-d)倍点 (a+b√-d)P というのを考えることができる。 円分多項式の既約性は、次のような命題であった。 「A(X)を1の原始n乗根ζを零点に持つ、有理数係数最小多項式とする。 nと互いに素なkについて、X=ζ^kも、A(X)の零点となる。」 これに類似した命題が、次のように楕円関数の言葉でも成り立つと思う。(たぶん) 虚二次なイデアルによる格子をΛとする。K=Q(j(Λ))を基礎体とする。 「格子のN等分点Pを1つ取る。A(X)をh(P,Λ)を零点にもつ、K係数最小多項式とする。 Nと互いに素な a+b√-d に対して、h((a+b√-d)P,Λ)もA(X)の零点となる。」 (7-3)で見た2等分点でのh(z,Λ)の値の、3つのうち2つが共役という挙動は、 1,1+√-d,√-d のうち、1つだけがN=2と互いに素でないことに対応する。 dが偶数のときは √-d が仲間はずれ dが奇数のときは 1+√-d が仲間はずれ となっている。これで、上記の主張に合致する。

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