微分ガロア理論の紹介
この記事は日曜数学アドベントカレンダー2022への参加である。

ガロア理論の応用に、一般な5次方程式が冪根拡大で解けないことが示され、有名である。
(これがガロア理論の本質でないのにあまりに取り上げられることに不満を感じる人もいるかもしれない)

微分ガロア理論の言葉では、特定の微分方程式が初等関数の範囲で解けないことが示される。
(個人的に、これは一般な5次方程式が冪根拡大で解けないことが示せるのと同じぐらい魅力的だと思う)
(ただし上記と同様の不満が有り得るので、これが微分ガロア理論の本質でないと一応書いておく)

微分方程式というと解析的な対象であるが、微分ガロア群は代数的な道具であり、
さらに局所の様子、モノドロミー群を考える幾何的な視点とも結び付けられるらしい。
(このノートでは踏み込めない)

このノートでは、通常のガロア理論と対比しながら表面的な所だけ紹介してみようとした。
具体的には[1]で1つの例を使って微分ガロア群の性質を観察し、[2]で別の例をいくつか挙げる。
(このノートでは、複素数体係数の(通常の微分に関する)微分方程式のみを扱う。)

参考資料:
[*0] A first look at differential algebra, John H. Hubbard and Benjamin Lundell
入門、通常の代数体のガロア理論との対比
[*1] Lectures on differential Galois theory, Magid, Andy R
比較的簡潔、読みやすい
[*2] Galois theory of linear differential equations, Marius Put, Michael F. Singer
結構本格的

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[1] 具体例

[1-1] 微分ガロア群の描写

少し非自明な例 L: y" - (xx+1)y = 0 を取り上げる。天下りであるが一般解は、
y1 = exp(xx/2) * ∫exp(-xx)dx
y2 = exp(xx/2)
の線形結合である(このノートでは略式にexp(-xx)の原始関数の1つを固定して∫exp(-xx)dxと書いている)

関数体C(x)にこれらを添加した体C(x,y1,y2)を考えて、
C(x,y1,y2)の自己同型で、C(x)を固定するもののなす群Gを考えるのが通常のガロア群の考え方であった。
(ただしこれは代数拡大でないのでガロア群と呼ばないし、ガロア理論は当てはまらない。)

その代わりに、C(x,y1,y2)の元の任意階の微分も添加した体Kを考えて
Kの微分と整合的な自己同型で、C(x)を固定するもののなす群Gが、微分ガロア群である。
(今回の例ではKはC(x,y1,y2)と一致するけれど)

代数方程式のガロア群の元が、方程式の解を方程式の解に移す必要があったのと同じ仕組みで、
微分ガロア群の元は、微分方程式の解を微分方程式の解に移す必要がある。
すなわち、σ∈Gはy1,y2をそれぞれそれらの線形結合に送る可逆な写像である。そこで、
σ(y1)=a*y1+b*y2
σ(y2)=c*y1+d*y2
とおくことができるが、このσをa,b,c,dを並べた行列として、GL_2(C)の元と同一視できる。

代数方程式のガロア群の元が、方程式の解を任意に置換できるとは限らなかったのと同じ仕組みで、
微分ガロア群の元も、GL_2(C)の任意の元に相当する微分方程式の解の置換を起こせるわけではない。
今回の例の微分ガロア群は、以下のような元からなるGL_2(C)の次の部分群と同一視される:
a,b
0,1/a
(a∈C*, b∈C)
(これはSL_2のうち上三角行列がなす部分群に相当する)

#直接的な導出例
まず、y2'=x*y2の関係があるので、σ(y2)'=x*σ(y2)が要求される。
これを満たすにはσ(y2)はexp(xx/2)の定数倍、すなわちy2の定数倍である必要があり、c=0と分かる。
次に、y1に対して、σ(y1)' = a*y1'+b*y2' = a*(x*y1 + 1/y2)+b*x*y2 であり
一方で y1' = x*y1 + exp(-xx/2) = x*y1 + 1/y2 の関係があるので、
σ(y1') = x*σ(y1) + 1/(c*y2) σ(y1)' = x*(a*y1+b*y2) + 1/(c*y2) となる。
これらが等しいことから、d=1/aの関係が要求される。


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[1-2] 微分ガロア群と可解性

通常の代数体のガロア理論については以下の結果があった:
・ガロア群が可解 -- 解が巡回拡大(クンマー拡大=冪根拡大)の繰り返しで得られる
・ガロア群が可換 -- 解が円分体に含まれる

微分ガロア群について、以下の事実がある:
・微分ガロア群の連結成分が可解 -- 解がy'/y=fあるいはy'=fを解く繰り返しで解ける(リウビル的)
・微分ガロア群の連結成分が可換 -- 解が初等関数で書ける (https://users.math.yale.edu/~td276/lecture1.pdf)

先の例の微分ガロア群は可解ではあるが可換ではなく、実際、微分方程式の解はリウビル的だが初等関数では書けない。
解がリウビル的でない例にはエアリー方程式 y"=xyがある。これの微分ガロア群はSL_2全体で、可解でない。

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[1-3] 微分ガロア群と中間体

通常のガロア群と同様に、部分群と中間体のガロア対応が、存在する。具体的には、
・中間微分体k⊂M⊂Kと、Gの(ザリスキ)閉部分群Hが対応する。
・さらに、HがGの正規部分群であることが、M/kは大雑把に微分方程式で得られる拡大である条件となる
(通常の代数体のガロア理論のときは、HがGの正規部分群であることは、対応する拡大がガロア拡大である条件であった。)

先の例の微分ガロア群の真な閉部分群には、a=1に制限したものや、b=0に制限したものがである。
a=1で制限される部分群で固定されるのは、C(x,y2)である。
b=0で制限される部分群で固定されるのは、C(x,y1*y2)である。

前者は正規部分群であり、実際C(x,y2)は微分方程式の解の添加で得られる拡大である。
後者は正規部分群でなく、実際C(x,y1*y2)は微分方程式の解の添加で得られる拡大で有り得ない。

微分方程式の解の添加で得られる拡大でないことの観察:
y1*y2 = exp(xx)*∫exp(-xx)dx を満たす微分方程式があったときに、
exp(xx)*(∫exp(-xx)dx + b)も同じ微分方程式を満たし、
両者を含む体は、C(x,y1*y2)よりもっと大きくなってしまう。

この様子は、Q(2^(1/3))/Qがガロア拡大でない様子と対比できる。
2^(1/3)を解に持つQ係数方程式を考えると、2^(1/3)*(-1+√-3)/2も同じ方程式を満たし、
両者を含む体は、Q(2^(1/3))よりもっと大きくなってしまう。





[2] 他の例

[2-1] y" = y
解の生成元は、
y1 = exp(x)
y2 = exp(-x)

微分ガロア群はy1をa倍、y2を1/a倍するものからなる集合で、GL_2への同一視は以下のようになる:
a 0
0 1/a
(a∈C*)

*補足:例えばy1とy2を入れ替える操作σは微分ガロア群の元とならないのか?
y1' - x*y1 = 0 であるが σ(y1' - x*y1) = y2' - x*y2 ≠ 0 なので、だめ。

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[2-2] y" + (1/x)y' = 0
解の生成元は、
y1 = log(x)
y2 = 1

微分ガロア群はlog(x)をlog(x)+b に移すものからなる集合で、GL_2への同一視は以下のようになる:
1 b
0 1
(b∈C)

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[2-3] xy" + y'/2 - y = 0
解の生成元は、
y1 = exp(2√x)
y2 = exp(-2√x)

これは、C(x,y1,y2)の元の任意階の微分も添加した体Kが、C(x,y1,y2)より大きな例となっている。(√xが添加される。)
例[2-1]とは異なり、y1とy2を入れ替え、同時に√xを-√xを入れ替える操作も、微分ガロア群の元となれる。

この微分ガロア群はGL_nの部分群としての描写は、「無限二面体群」
a 0
0 1/a
(a∈C*)

0 b
-1/b 0
(b∈C*)
の和集合ということになって、形としては、例[2-1]の微分ガロア群が2つ非連結に合わさったような形となる。

このように、非連結成分は、代数拡大(この場合√xの添加)に相当する役割がある。




[A-1] SL_2に含まれる事情;判別式とロンスキー行列式の類似の紹介

方程式の判別式は、解の共役差積(Δ = Π_{i≠j}(α_i-α_j)^2)によって定義され、これは基礎体の元になるのであった。
Q(sqrt{Δ})は最小分解体Kの中間体となり、Q(sqrt{Δ})⊂K のガロア群は、S_nのうち、A_nの部分群と同一視できた。
言い換えると、判別式が平方数の場合、ガロア群はA_nの部分群となるのであった。

ロンスキー行列式は微分方程式の線形独立な解の微分を並べた行列式で定義される。
例えば2階の微分方程式 y"+py+q=0 の場合、解y1,y2を使ってW=y1y2'-y1'y2と定義される。
方程式に解と係数の関係があったように、W'=-pWの関係があり、y1,y2を知らずにW=exp(∫-pdx)を知ることができる。

σ(y1) = a*y1 + b*y2
σ(y2) = c*y1 + d*y2
とおくと、σ(W) = (ad-bc)Wの関係があり、特にW∈C(x)の場合は、ad-bc=1が要求される。
そういう仕組みで、Q(W)⊂Kのガロア群は、GL_nのうち、SL_nの部分群と同一視できる
言い換えると、W∈C(x)の場合、ガロア群はSL_nの部分群となる。
このノートで挙げた例はすべてp=0なのでWは定数で、従ってこの状況に該当していた。

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[A-2] エアリー方程式が初等関数の範囲で解けないこと;

ガロア理論それ自体だけでは何か具体的な結果を示すにはなかなか至らなくて、
特定の代数方程式の最小分解体のガロア群を知るためにガロア理論とは別の議論が必要になる。

例えば、エアリー方程式が初等関数の範囲で解けないことは、その微分ガロア群がSL_2全体であることから従うが、
微分ガロア群がSL_2全体であることを証明すること自体は簡単ではない。

[*0]に書かれた証明の概略(エアリー方程式y"=xyについて):

先の議論より微分ガロア群GはSL_2の部分群と同一視できる。Gの単位元連結成分がSL_2全体でないと仮定する。
SL_2の連結な真部分群の候補は3パターンしかなく、どの場合もv=y'/yがk上代数的となるような解yが存在することが示される。
vは、v'=x-vvを満たし、vは実軸に極を無限個持つことを示すことができる。(詳細略)
極を無限個持つ関数はC(x)上代数的でないことから仮定が偽であり、G=SL_2と言える。

*詳細略の所で、v(x)はxが実数のときにv(x)が実数になることを仮定していて、その根拠が私には分からなかった。
http://mmrc.iss.ac.cn/~weili/DifferentialAlgebra/References/Kaplansky.pdf
のChapter VIにはそうでない別の方法が書かれているようだった。


これは、特定の5次方程式のガロア群がS_5全体であることを証明することの非自明さと同様である。

[*0]に書かれた証明の概略(5次方程式f(X)=X^5-4X-2=0について):
f(-2)<0, f(-1)>0, f(0)<0, f(2)>0 であり、f(X)=0は-2,-1,0,2の間に実数解を持つ。
微分して増減を調べると実数解は3つと分かり、従って共役な虚数解が2つある。

最小分解体をEの拡大次数E/Qは5の倍数のはずなので、Gal(E/Q)は5-cycleを含む
また、上記考察よりGal(E/Q)は複素共役に対応する2-cycleを含む
S_5の部分群で5-cycleと2-cycleを含むものはS_5全体しかないことから目的を達成する


・エアリー方程式のようなy"=qyの形の微分方程式の微分ガロア群がSL_2全体であることは、
 y1,y2を、y1(0)=1,y1'(0)=0, y2(0)=0, y2'(0)=1 な解とすると、
 y1,y2,y1',y2',xの間の多項式関係はy1y2'-y1'y2=1(ロンスキー行列式)以外に存在しないことと同値である。

これに類似する事実として、5次方程式の最小分解体のガロア群がS_5全体であることは、
解の間の有理式関係が、解と係数の関係以外に存在しないことと同値である。

あるいは[A-1]を考慮すると、以下の主張がより類似する立場にあると思うが自信がない:
5次方程式の最小分解体のガロア群がA_5全体であることは、
解の間の有理式関係が、解と係数の関係と、判別式の平方根以外に存在しないことと同値である。


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[A-3] ∂加群

冒頭の例 y" - (xx+1)y = 0 は、微分演算子を使うと、(∂∂-xx+1)y = 0 と書ける。
このように、微分とスカラー倍をまとめて左から作用するものとして扱い、
C(x)に∂f = f∂+f'を満たす∂を加えた非可換環を考える視点がある。

分解は一意的でない。例えば、∂∂ = (∂+1/x)(∂-1/x)
しかしジョルダンヘルダーの定理で記述されるような分解の「おおまかな様子」には一意性がある

冒頭の例では (∂∂-xx+1)は、(∂+x)(∂-x) と分解される。
この分解を利用して、(∂+x)(∂-x)y=0の解は、
段階的に、(∂+x)z=0 を満たすzがz=exp(-xx/2)+cであることから、
(∂-x)y = z = exp(-xx/2)+c として求めることができる。


一方、エアリー方程式に対応する∂∂-xは、分解できない。
このように、微分方程式のガロア群は、対応する∂加群の剰余加群と関連する。
この視点は、本格的な資料[*2]の2章で扱っていた。

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[A-4] 局所の視点

代数体のときにp進数を考えたように、局所を考える視点がある。
具体的には、例えばx=0の局所を考えるなら、C((x))係数で考えることになる。
(p進数と違って剰余体が代数閉体なので、分岐拡大だけを考えれば良いことになる。)

この視点は、本格的な資料[*2]の3章で扱っていた。

4章以降もきっと興味深い内容であるが、私は読めていないので紹介できない。
モノドロミー群とガロア群が関係するようなことが書いてある。

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2022/12/19
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