ζの関数等式(2)

(1)の続きである。 ノイキルヒの代数的整数論の7章を読んだ。Mellin原理という視点である。 本には、おおよその議論が終わった所に、次のような注釈がついていた: 「今までに証明した結果に対して、別の重要な手法を用いる証明がある。 それは・・・Tateの論文(Tate's thesis)という名前で知られている。 ・・・ここではその内容を取り上げることはない。 なぜならTateの元論文に勝るような明快かつ簡明な記述はできないからである。 ・・・Tateの理論を無駄に書き写すよりも、本来のHecke自身の難解な証明を、 着想の根底を踏まえた上で、現代流に解釈し直した方が良いと判断した。」 (Tateの論文の方法とは(1)に書いた内容である) なんということだろう。 Mellin変換は、保型形式 Σa[n]*q^n と級数 Σa[n]/n^s を対応させる。 Mellin原理は、なぜこれらが対応するのか、説明してくれた。 このノートではその視点を紹介し、さらに保型形式と結びつける補足を付け加えた。 https://pdfs.semanticscholar.org/bf0b/1912910635941710aecf1a4ae8b5a02f8ea5.pdf これは保型形式とL関数のcrash courseと名付けられた非常に簡潔なまとめでとても参考になった。 ・前回紹介した関数等式の例を再掲しておく。 A(s) = π^(-s/2)Γ(s/2) B(s) = A(s+1) [Rのχ2] C(s) = (2π)^(1-s)Γ(s) @ A(s)*ζ_Q(s) = A(1-s)*ζ_Q(1-s) A 3^(s-1/2)*B(s)*L(s,χ) = B(1-s)*L(1-s,χ) [χはmod 3の原始指標] B 3^(s-1/2)*C(s)*ζ_{Q(√-3)}(s) = C(1-s)*ζ_{Q(√-3)}(1-s) ================================= (6) Mellin原理 (7) 保型形式 (8) 具体例 (9) ガロア表現とアルティンのL関数 ================================== (6) Mellin原理 定数を引けば急減少するようなR≧0で定義された実関数f,gについて Mellin変換を L(f,s) = ∫[y=0..inf] {f(y)-f(∞)} y^s dy/y で定義する f(1/y) = C*y^k*g(y) が成り立つならば、L(f,s) = C * L(g,k-s) が成り立つ。 (方針:積分範囲を[0..1]と[1..inf]に分けてy->1/yと置換する) ================================== (7) 保型形式 重さkの保型形式F(z)は次のような要求を満たす: F(z+1) = F(z), F(-1/z) = z^k*F(z) どうしてこんな要求をするのかという疑問には: 直線束の視点 https://math.stackexchange.com/questions/146937/modular-forms-and-line-bundle 微分形式 https://math.stackexchange.com/questions/2560355/definition-of-a-modular-form-in-terms-of-differential-forms がある。F(z)が重さkの保型形式の時、微分F'(z)は重さ(k+2)の保型形式となる。 (難しいが気になるアデールからの視点 http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~takuya/papers/JLnote.pdf) ・q展開 q=exp(2πiz)とおくと、F(z+1) = F(z) Fはqの多項式で F(z) = Σ[n=c..inf] a[n]*q^n と表せる。 ・実関数 f(y)=F(iy)を考えると、Mellin変換によって、 q展開に現れる係数a[n]を持つ級数 Σa[n]/n^s を関係づけられる: (急減少性からnが負の項は現れない。n=0の項はf(∞)に相当する。) L(f,s) = ∫[y=0..inf](Σ[n=1..inf] a[n]*exp(2πny) * y^s dy/y = Σ[n=1..inf] a[n]*∫[y=0..inf] exp(-2πny) * y^s dy/y = Σ[n=1..inf] a[n]*Γ(s) / (2πn)^s = (2π)^(-s)Γ(s)Σa[n]/n^s 例えばFが重さkの保型形式なら f(1/y)=F(i/y)=(y/i)^k*F(-y/i)=(y/i)^k*f(y) なのでMellin原理が使える。 ===================== (8) 具体例 Mellin原理を適用するための条件は、保型形式よりも弱い。 (8-1) 最初の例はヤコビのテータ関数(実関数バージョン)である。 これは完全ゼータ関数 A(s)ζ(s)の関数等式と結びつくものである。 http://integers.hatenablog.com/entry/2016/04/16/230752に詳しい説明がある。 θ(y):=Σ[n∈Z] exp(-nnπy)は、θ(1/y)=(√y)θ(y)という性質を持つ (これはポアソンの和公式を使って示される) 従ってMellin原理により、L(θ,s)=L(θ,1/2-s)が成り立つ。 テータ関数は保型形式ではないが、q展開の真似をすると F(z) = Σ[n∈Z]q^(nn/2), と定めると、θ(y)=F(iy) と書くことができる。 こう書いておくと、Mellin変換を書き下す時に係数a[n]を使った書き方ができる。 L(f,s) = (2π)^(-s)Γ(s)Σ[n∈Z-{0}] 1/(nn/2)^s = 2π^(-s)Γ(s)Σ1/N^(2s) = 2A(2s)ζ(2s) なのでゼータの関数等式 A(2s)ζ(2s) = A(1-2s)ζ(1-2s) が出てくる。 -------------- (8-2) 逆に保型形式側から、どのような関数等式を得るのだろうか 例えばアイゼンシュタイン級数にMellin原理を適用することについて 参考:https://math.stackexchange.com/questions/1916879/... F(z) = Σ[m,n∈Z^2-(0,0)] 1/(m+nz)^k [kは正の偶数] = 2ζ(k) + 2*(2πi)^k/Γ(k) * Σ[n=1..inf]σ[k-1](n) * q^n [σは約数関数] は重さkの保型形式でf(y)=F(iy)のMellin変換は L(f,s) = 2*i^k*(2π)^(k-s) * Γ(s)/Γ(k) * Σ[n=1..inf]σ[k-1](n)/n^s となる。 ここでMellin原理の主張は L(f,s) = i^(-k) * L(f,k-s) である。 L(f,s) = 2*i^k*(2π)^(k-s) * Γ(s)/Γ(k) * ζ(s)ζ(s-k+1) と変形できることを使って整理すると: i^k*(2π)^(k-s) * Γ(s) * ζ(s)ζ(s-k+1) = (2π)^(s) * Γ(k-s) * ζ(k-s)ζ(1-s) という2組のζを含んだ主張に帰着する。 これはζの関数等式に(3-2)の変形を使った等式 ζ(1-s)/ζ(s) = A(s)/A(1-s) = Γ(s)*cos(πs/2) / (2π)^s を使うと確認できる。 ----------------- (8-3) ディリクレのL関数の場合 ・より一般なテータ関数(複素関数バージョン) θ(a,b,z) = Σ[n∈Z] exp(πi (n+a)^2 * z + 2πibn ) は次の変換公式を満たす θ(a,b,-1/z) = (z/i)^(1/2)*exp(-2πiab)* θ(-b,a,z) F(z)=Σ[n∈Z] exp(2πibn) * q^((n+a)^2/2), f(y)=F(iy) のMellin変換は、 L(f,s) = (2π)^(-s)Γ(s)Σ[n∈Z] exp(2πibn) / ((n+a)^2/2)^s = π^(-s)Γ(s)Σ[n∈Z] exp(2πibn) / ((n+a)^2)^s (aが整数のときは級数はn=0を飛ばす) 特にb=0として例えばa=1/5 とかすれば、級数の部分は、 5^2s*(...+1/14^2s+1/9^2s+1/4^2s+1/1^2s+1/6^2s+1/11^2s+...) となる。 通常のゼータ関数のうち、mod pで±k な項を取り出すことができる。 その±を区別したい時もある。それにはθ関数をaで微分したものを使うと良い: θ'(a,b,z) = Σ[n∈Z] 2πi(n+a)*exp(πi (n+a)^2 * z + 2πibn ) は次の変換公式を満たす θ'(a,b,z) = i*(z/i)^(3/2)*exp(-2πiab)* θ'(-b,a,z) L(f'/2πi,s) = (2π)^(-s)Γ(s)Σ[n∈Z] exp(2πibn)*(n+a) / ((n+a)^2/2)^s = π^(-s)Γ(s)Σ[n∈Z] exp(2πibn)*(n+a) / ((n+a)^2)^s 例えばb=0, a=1/5の場合の級数の部分は 5^2s/5*(...-14/14^2s-9/9^2s-4/4^2s+1/1^2s+6/6^2s+11/11^2s+...) というふうになる。 (このような級数を表すのにフルビッツのζ関数という名前がついている) -------- 一方で、a=0,b=1/5などとおくと、それはそれで、フルビッツのζ関数の線形結合になっている。 うまく組み合わせれば、ディリクレのL関数に対応するものを作ることができる。 指標つきテータ関数: θ(χ,z) = Σ[n∈Z]χ(n)*n^e*exp(nnπiz/m) を作りたい。 (χはmod mの指標, eは「指数」でχが偶指標なとき e=0, χが奇指標なとき e=1, χ(0)はχが自明のとき1, そうでないとき0 としておく) θ(χ,z) = Σ[a=0..m-1]χ(n)*θ(a,0,z/m) をとれば良い。e=1のときはθの代わりにθ'を使う。 変換公式: θ(χ,1/z) = τ(χ)/i^e/√m * (z/i)^(p+1/2) * θ(χ^-1,z) が成り立つ。τはχに対応するガウス和である。 得られる関数等式の結果を写しておく: L∞(χ,s)L(χ,s) = W(χ)L∞(χ^-1,1-s)L(χ^-1,1-s) ただし L∞(χ,s) = π^(-s/2)m^(s/2)Γ(s/2+e/2) W(χ)=τ(χ)/i^e/√m m=3,e=1 のときが、(5)のAである。 ----------------------- (8-4) 代数拡大の場合(あらすじだけ) 通常の保型形式は上半平面Hで考えるものであったが、これを高次元にする。 [C]= Hom(K,C) とおく。これはCのdim(K/Q)個の直積である。 [C]の元τに対して、2種類の対合がある。 τ* = τの成分を共役性に従って交換する (例えばKが虚二次体の時はτ*は2つの成分を交換し、実二次体のときは交換しない) *τ = τの各成分を複素共役にしたもの *τ* = τ~ とおき、これが[C]での複素共役の役割と考える。 [R] = {z∈[C]|z=z~} とおく。 これはn次元R代数となる。 (#虚二次体のときは(a+bi,a-bi)の形、実二次体の時は(実,実)の形) [R±] = {z∈[R]|z=z*} とおく。 (#虚二次体のときは(a,a)の形、実二次体の時は(a,b)の形) さらにすべての成分を正に制限したものを[R+]とおく。 (乗法群と加法群の同型 log:[R+]→[R±] が存在する。) ・一般「上半空間」を [H] = [R±] + i [R+] で定義する。 [H] = {z∈[C] | z=z*, Im(z):=(z-z~)/2i > 0} とも書ける エルミート距離 = Tr(x *y)を考え (例えば特には各成分の絶対値の2乗和) 一般フーリエ変換f~を考えることができる ・そうすると一般ポアソン和公式が成り立つ: Γを[R]の完全格子とする 双対格子Γ'は{y∈[R]|任意のx∈Γに対して∈Z}で定義される Σ[g∈Γ]f(g) = 1/vol(Γ) Σ[g'∈Γ']f~(g') が成り立つ ・この空間でのテータ関数 θ(z) = Σ[g∈Γ] exp(πi) を考えることにより、上記のような議論が可能となる。 ========================================= (9) ガロア表現とアルティンのL関数 (1)の文献の最後のセクションの内容でもある。 Q(√-23)の問題が良い動機となる http://tsujimotter.hatenablog.com/entry/6xx-xy-yy-2 L/Kを正規拡大としてガロア群をGとおく。n次元表現ρが与えられたとする。 Kの各素イデアルpに対してフロベニウス元Frが定まる。 ρに付随するアルティンのL関数が、L(s,ρ) = Π1/det(1-ρ*p^-s) と定義される。 Q(√-23)で詳しく見てみたい。Q(√-23)/Qは正規拡大ではなく、 X^3-X+1の根αを使った Q(√-23,α)/Q が正規拡大であり、ガロア群は3次対称群S3であった。 そこでフロベニウス元の様子を描写するには、 p乗写像が √-23 と αをどう動かすかを見れば良い。 --------- √-23の方は、pがmod 23に応じて平方剰余かどうかに応じて (√-23)^p ≡ ±√-23 (mod p) となる(オイラーの規準) α^pについて、47と59の場合を示す。 α^47 = -128801*X^2+170625*X-97229 ≡ 26α^2+15α+14 (mod 47) α^59 = -3761840α^2+4983377α-2839729 ≡ α (mod 59) p=47について α2 = 26α^2+15α+14 は X^3-X+1の別の根であり、 α3 = α2^47 とおくと α3^47=α というふうに巡回する仕組みとなる。 この2種類の挙動の違いは、有限体の乗法群の構造を考えれば 「X^3-X+1がZp係数として既約かどうか」 すなわち「X^3-X+1≡0 (mod p) が解を持つかどうか」を反映するものである。 実際、p=53のとき X≡17,46,55 が解であり、p=47では解は存在しない。 (少し脱線)ところで、G=S3位数6の元は存在しない。 フロベニウス元は√-23とαのどちらかは固定するはずである。 つまり「X^2+23≡0 (mod p) と X^3-X+1≡0 (mod p)」のどちらかは解を持つ。(割と非自明) この現象は、Q(√-23,α)/Q(√-23)の類体論で説明される。 Q(√-23)の素イデアルPは、イデアル類群により、3つに分類されるのであった。 そのうちpが単項イデアルの場合に限り X^3-X+1≡0 (mod P)はQ(√-23)に解を持つ。 一方、Q(√-23)/Qで惰性するような有理素イデアルpは、 Q(√-23)では単項イデアルとして現れることを考えれば、説明がつく。 --------- L関数の定義Π1/(1-ρ/p^s) の分母は、固有多項式|1-tA|のtを1/p^sに置き換えたものである。 フロベニウス元は√-23とαをどう動かすかに応じて、位数が1,2,3のどれか決まる。 位数が1なら2次元単位行列なので固有多項式はX^2-2X+1 [p=59,...] 位数が2なら固有多項式はX^2-1 [p=5,7,11,17,19,37,43,53,...] 位数が3なら固有多項式はX^2+X+1 [p=2,3,13,29,31,41,47,...] (表現を具体的に計算して同じ結果を確認しても良い) ---------- p=23の扱い 分岐する素数については、惰性群で表現空間をつぶして考える。 2次に分岐して、3次部分では完全分解である。 そういうわけでこの場合は1次元表現で単位行列、よって固有多項式はX-1と考える。 ちなみに X^3-X+1 ≡ (X-13)^2*(X-20) (mod 23) となっている。解をp進展開すると、 X=13+4√-23+..., X=13-4√-23+..., X=20+7*23+... という挙動でありp進的には重解ではない ----------- 従って、総合すると、 L(s,ρ) = 1/[(1-23^-s)Π[Fr位数が1](1-2p^-s+p^-2s) Π[Fr位数が2](1-p^-2s) Π[Fr位数が3] (1+p^s+p^-2s)] 特に、級数展開したときのp^-sの項には、該当するFrのトレースが出現する。 ところで、この代数拡大には他の表現もある。 例えば偶奇による表現; L(s,-1) = 1/Π[mod 23の平方剰余](1-p^-s) Π[mod 23の非平方剰余](1+p^s)] 自明な表現 L(s,1) = 1/Π(1-p^-s) ところで、ここでも拡大体L=Q(√-23,α)のデデキントのζ関数と比較したい。 p=59のような完全分解する成分はノルムpの素イデアルが6個で、1/(1-p^-s)^6 p=5のような3つに分解する成分は、1/(1-p^-2s)^2 p=2のような2つに分解する成分は、ノルムp^3の素イデアルが2個で、1/(1-p^-3s)^2 これらにより、前回の(5)の最後で指摘したのと同様の関係を観察することができる: 【ζ_L(s) = L(s,1)*L(s,-1)*L(s,ρ)^2】 L(s,ρ)^2 以外の項についてはTateの方法で関数等式が成り立つことが示される。 そこからL(s,ρ)の関数等式、たぶん C(s)*L(s,ρ) = C(1-s)*L(1-s,ρ) が言える。 もう1つの視点は Q(√-23,α)/Q(√-23)に注目した1次元ガロア表現に対応するL関数であり: L(s,ω) = 1/Π[単項イデアル](1-|P|^-s) Π[イデアル類群a](1-ω|P|^s)]Π[イデアル類群b](1-ω^2|P|^s)] L(s,ω^2) = 1/Π[単項イデアル](1-|P|^-s) Π[イデアル類群a](1-ω^2|P|^s)]Π[イデアル類群b](1-ω|P|^s)] L(s,ω)L(s,ω^2) = L(s,ρ)^2 の関係がある。 ===================== 1:15 2018/11/05
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