冪根を持たない体のクンマー理論

Kが1のn乗根を含む体ならば、K上のガロアなn次巡回拡大は、
a^(1/n), a∈Kの添加で表され、K*/K*^nに含まれるn次の巡回群と対応する。
・・というのがクンマー理論であった。

Qは1の3乗根を含まないので、Qのガロアな3次拡大を同じように記述することはできない。
しかし、同じような仕掛けを使って、類似の記述をできることを知ったので、自分の言葉でまとめ、具体例の計算を少し加えた。
資料で触れられているうちの特殊な場合に限って、行間を埋めるという作業である。
ガロア群のコホモロジーを使う良い経験になった。

資料:https://www.rs.tus.ac.jp/kida/descent-kummer.pdf



[1] ガロア群のコホモロジーと(通常の)クンマー理論 先に通常のクンマー理論におけるガロア群のコホモロジーの使い方を振り返る。 これにはhttp://www.math.uchicago.edu/~may/VIGRE/VIGRE2010/REUPapers/Harper.pdfを参考にした。 1の3乗根を持つ体Kの分離閉包をΩとして、Gal(Ω/K)をGとおき、Ωの乗法群Ω*をG加群とみなす。 3乗写像λ:Ω*→Ω*は全射であり、核は1の3乗根がなす3次巡回群μ_3={1,ζ,ζ^2}である。 短完全列0→μ_3→Ω*→Ω*→0 のコホモロジー完全列を考える。 0→H^0(G,μ_3)→H^0(G,Ω*)→H^0(G,Ω*) →H^1(G,μ_3)→H^1(G,Ω*)→H^1(G,Ω*)→.. ここで、 H^0(G,Ω*)はΩ*のうちGで固定される部分なので、K*である。 H^1(G,Ω*)はヒルベルトの定理90により、消える。 を使うと、 H^1(G,μ_3) = Coker[K*→K*] = K*/K*^3 を得る。 一方、次のようにして、「H^1(G,μ_3)に含まれる3次の巡回群」が、 Gの指数3の部分群の集まりと対応し、従ってKのガロアな3次拡大と対応する。 [説明] H^1(G,μ_3)は、Gからμ_3への写像のうち、コサイクルをコバウンダリで割ったものである。 ここで、Kが1の3乗根を含むという仮定により、Gはμ_3に自明に作用するので、 コサイクル条件f(gg')=f(g)*g(f(g'))は、f(gg')=f(g)*f(g')となり、 コバウンダリ条件f(g)=g(a)-aは、f(g)=0となる。 こうしてH^1(G,μ_3)はGからμ_3への群準同型の集まりと同等になる。 言い換えると、GをH[0],H[1],H[2]の3つの部分集合に分割し、 H[i]とH[j]の演算結果がH[i+j mod 3]に居るようにする方法と同等である。 これは、G=H[0]となるような自明なものを除けば、 H[0]が指数3の部分群を与え、H[1]とH[2]が他の剰余類を与える。 逆に、Gの指数3の部分群を与えられたら、それをH[0]として、どちらかの剰余類をH[1]と定めれば、 上記の対応により、H^1(G,μ_3)の元を与えることができる。 このとき、H[1]とH[2]の交換は、Gの指数3の部分群としては同一で、H^1(G,μ_3)の元としては異なるので、 「H^1(G,μ_3)のうち、自明でないものを、逆元を同一視した集合」 すなわち「H^1(G,μ_3)に含まれる3次の巡回群」が、「Gの指数3の部分群の集まり」が対応する。
[2] Qの3次拡大のクンマー的な記述 今度はQの分離閉包をΩとおいてGal(Ω/Q)をGとおく。 [1]で使った完全列0→μ_3→Ω*→Ω*→0では、今度はGはμ_3に自明に作用しないので、うまくいかない。 Ω*の代わりに別のG加群Mを使った短完全列 0→Z/3Z→M*→M*→0 で、GがZ/3Zに自明に作用するものを構成することができる。 Ω成分の2次正方行列で、 x -3y y x で表されるもののうち、x^2+3y^2=1を満たす乗法群をMとおき、G加群とみなす。 (これは、1次元の代数的トーラスと呼ばれるものの例らしい。) 行列としての3乗写像λ:M→Mを考える。 【追記:λが準同型であることは(A.B)^3=A^3.B^3を要求するが、Mの元同士の積は可換であるので満たされる】 これは全射で、λの核はΩ範囲で考えても、(x,y)=(1,0),(-1/2,±1/2)に限られ、Z/3Zに同型で、しかも今度は成分が有理数なのでGは自明に作用する。 (全射性の証拠となる3乗根を逆算する計算はあとの[2-2]で実際に行う。) そこで、短完全列0→Z/3Z→M→M→0 のコホモロジー完全列を考える。 0→H^0(G,Z/3Z)→H^0(G,M)→H^0(G,M) →H^1(G,Z/3Z)→H^1(G,M)→H^1(G,M)→.. GはZ/3Zに自明に作用するので、先と同じ理屈で、 H^1(G,Z/3Z)のうち自明なものを除いて逆元を同一視したものが、Qのガロア3次拡大と1対1に対応する。 ここで、ヒルベルトの定理が使えた[1]の状況と違って、H^1(G,M)=0は成り立たない。 しかし、λが誘導するH^1(G,M)→H^1(G,M)が単射であれば、 H^1(G,Z/3Z) = Coker[H^0(G,M)→H^0(G,M)] = M_Q/λ(M_Q) が成り立ち、結局、 M_Q/λ(M_Q)のうち自明なものを除いて逆元を同一視したものが、Qのガロア3次拡大と1対1に対応する。 --- [2-1] 実際、λが誘導するH^1(G,M)→H^1(G,M)は単射である。 Ω成分の2次正方行列で x -3y y x で表されるもののうち、x^2+3y^2≠0を満たす乗法群をM'とおき、Mと同様に、G加群とみなす。 0→M→M'→Ω*→0 の短完全列がある。ここで、Norm:M'→Ω*は行列式x^2+3y^2をとる準同型である。 ここで、K=Q(√-3)とおいて、H=Gal(Ω/K)とおいて、Ω*をH加群とみなすと、 G加群M'は、H加群K*のWeil restrictionと呼ばれるものに相当する関係がある。 https://en.wikipedia.org/wiki/Weil_restriction 表現論の言葉では、Hの表現Ω*から誘導されるGの表現であり、 環と加群の言葉では、右Z[H]加群としてのZ[G]とΩ*をテンソルしてできる左Z[G]加群、 あるいは、左Z[H]加群としたZ[G]からΩ*へのHom、すなわちHom_Z[H](Z[G],Ω*)であり、 重要なことには、シャピロの補題 H^n(H,Ω*)=H^n(G,M')が成り立つ関係にある。 https://en.wikipedia.org/wiki/Shapiro%27s_lemma 再びヒルベルトの定理90によりH^1(H,Ω*)は消えるので、シャピロの補題により、H^1(G,M')も消える。 そこで、0→M→M'→Ω*→0 のコホモロジー完全列を考えると、H^1(G,M) = Coker[M'_Q→Q*] = Q* / Norm(M'_Q) を得る。 (M'のうち成分がQであるものをM'_Qと書いた。この部分は 2021/10/09に修正した。) Q*の平方元はノルムの像に居ることから、H^1(G,M)のすべての元は、2乗で消えることが分かる。 一方、λが誘導するH^1(G,M)→H^1(G,M)は3乗写像だから、単射であることが言える。 【追記】 最初からMの代わりにM'を使えばひと手間少なく済むのではないかと思ったが、 M'→M'の3乗写像だと、核がM→MのときのようなZ/3Zではなく、 それらにζあるいは1/ζを掛けたものも含まれるZ/3Z×Z/3ZのGの作用が自明でない構造になってしまう。 *テンソル積の描写と、M'の定義が同型であることの観察 (左右の区別のある加群の取り扱いの経験が少なく、これを確認するのにかなり混乱し、良い経験になった。) HはGの指数2の部分群なので、Hに属さないGの剰余類の代表元としてσをとる。σは√-3の符号を変える。 Z[G] @_Z[H] Ω* の元は、1@a * σ^-1@b の形で表される。 左Z[G]加群としての構造は、g'(g@a) = g'g@a で定義される。 そこで、M'からZ[G] @_Z[H] Ω* への写像Fとして F(x,y) = 1@(x+y√-3) * σ^-1@σ(x-y√-3) を考える。 これはσの取り方に依存しない。σをhσに置き換えても同じものになることが確認できる: (hσ)^-1@(hσ)(x-y√-3) = σ^-1.h^-1@hσ(x-y√-3) = σ^-1@σ(x-y√-3) [テンソル積の性質] ・g=h (h∈H)と書けるとき、  g(F(x,y)) = h@(x+y√-3) * hσ^-1@σ(x-y√-3) = 1@h(x+y√-3) * σ^-1h'@σ(x-y√-3) [h.σ^-1 = σ^-1.h' とおいた] = 1@h(x+y√-3) * σ^-1@h'σ(x-y√-3) = 1@h(x+y√-3) * σ^-1@σh(x-y√-3) = 1@(h(x)+h(y)√-3) * σ^-1@σ(h(x)-h(y)√-3) [hが√-3を固定する] = F(g(x),g(y)) ・g=hσ (h∈H)と書けるとき、  g(F(x,y)) = hσ@(x+y√-3) * h@σ(x-y√-3) = σ^-1@h'(x+y√-3) * @hσ(x-y√-3) [g = hσ = σ^-1.h' とおいた] = σ^-1@σσ^-1h'(x+y√-3) * @g(x-y√-3) = σ^-1@σg(x+y√-3) * @g(x-y√-3) = σ^-1@σ(g(x)-g(y)√-3) * @(g(x)+g(y)√-3) [g=hσは√-3の符号を変える] = F(g(x),g(y)) こうして、Fが実際にG加群の準同型であることが確認できた。 ・Fが単射であることはすぐにわかる ・Fが全射であることは: 任意のa,b∈Ω*に対して、a = (x+y√-3), b = σ(x-y√-3) を満たすx,y∈Ωが存在する: x = (a+σ^-1(b))/2, y=(a-σ^-1(b))/2√-3 とすれば良い。 --- [2-2] 具体的な観察 結果を再掲する。 M_Q/λ(M_Q) = H^1(G,Z/3Z) の同型があり、単位元を除いて逆元を同一視したものが、Qのガロア3次拡大と1対1に対応するのであった。 ここでMは、 x -3y y x の形をしたΩ成分2次正方行列でa^2+3b^2=1を満たすものであり、 M_Qはそのうち成分が有理数であるようなものであり、λは行列としての3乗であった。 M_Q/λ(M_Q)の元からH^1(G,Z/3Z)の元に移るには、コホモロジーの連結準同型を追えば良い。 M_Qの代表元(a,b)を与えられたとする。 x -3y y x の3乗が a -3b b a になるような(x,y)が、Ω範囲で存在する。その行列をXとおく。g∈Xに対して、Xとg(X)^(-1)の積を考える。 Xとg(X)は可換になるらしい。(固有値が同じだから?よくわかっていない。) 従って、X.g(X)^(-1) はλの核に居る。 gをこれに送ることで、H^1(G,Z/3Z)の元を定めることができて、 そうしたら、[1]と同じ理屈で、Gの指数3の部分群が定まって、Qのガロア3次拡大が定まる。 具体的に3乗の成分を計算すると x^3-9xy^2 = a 3x^2y-3y^3 = b となる。 yを消去すると 64*x^9-48*a*x^6-(81*b^2+15*a^2)*x^3-a^3 = 0 の複3次式となる。 ここで a^2+3b^2=1 の関係式を使うと因数分解できて、1つの因数が 4x^3-3x-a = 0 となる。 (チェビシェフ多項式が出てくるのは偶然ではないらしい:冒頭のpdfのreference[5]) (この因数だけを採用して良い根拠は分からない。) (ちなみにxを消去すると、12y^3-3y+b=0 となる。) xを得たら、2つの方程式はyの2次式と3次式だから割り算すればyの1次式となって、y = 3bx/(8x^3+a) と決定される。 【追記:他の因数は、x,yをともにζ倍あるいは1/ζ倍ずつした結果を与えるが、それらはx^2+3y^2=1を満たさないので除外される。】 もっと具体的に、αをa+b√-3の3乗根とすると、x=(α+1/α)/2, y=(α-1/α)/2√-3 が解を与えることが分かった。 もしgがαに非自明に作用する場合の例として 1の原始3乗根ζ=-1/2+√-3/2を使って、g(x) = (αζ+1/αζ)/2, g(y)=(αζ-1/αζ)/2√-3 となる状況を観察すると、 x -3y y x に g(x) -3g(y) g(y) g(x) の逆行列を掛けたものを計算すると確かに -1/2 3/2 -1/2 -1/2 になることが確認できた。 ・gがxを固定するとき、gはαを固定し、従って、gはyも固定する。(と思う。自信ない。) 【追記:√-3はα^3の有理式で表せるので、gのxへの作用は、gのαへの作用で決定される。  √-3の符号を変える作用は、αと1/αを入れ替え、yの符号は保たれる。】 そういうわけで、結局、求める部分群は、xを固定するような部分群であり、対応する中間体はxで生成される3次拡大である。 ・具体的なa^2+3b^2=1を満たすような有理数(a,b)の組を得るには、 a+b√-3 = (u+v√-3)/(u-v√-3) とすれば良く、これですべて得られる。(ここでもヒルベルトの定理90) ・以上をまとめると、 Q上の3次拡大は、(u+v√-3)がK=Q(√-3)の3乗元でないようなu,v∈Qを使って、 a+b√-3 = (u+v√-3)/(u-v√-3)の3乗根をαとしたときのx=(α+1/α)/2を添加する拡大ですべて記述できて、 (u+v√-3)と(u'±v'√-3)のどちらかの比がKの3乗元である時に限り、(u,v)と(u',v')は同一の拡大を与える。 また、そのxの最小多項式は、4x^3-3x-a=0 であり、a=(u^2+3v^2)/(u^2-3v^2)の関係である。 --- [2-3] 円分体との関係の観察 一方、クロネッカー・ウェーバーにより、Q上のガロア3次拡大は、円分体の部分体として実現できる。 u+v√-3が単数のとき、(u+v√-3)/(u-v√-3)を3乗元と共役で割った同値類は、1種類だけとなる。 対応するのは、1の原始9乗根で生成される6次拡大の部分体、 具体的にはcos(2π/9)が生成する体であるである。(容易に直接観察できる。) 3N+1型素数pに対して、p=(u+v√-3)(u-v√-3)となるようなu,vは、u+v√-3が代数的整数となる範囲で3種類ある。 一方、(Z/9pZ)* = Z/6Z × Z/(p-1)Z の指数3の部分群が4種類あり、 そのうち1種類は(Z/9Z)*=Z/6Zに由来するのでcos(2π/9)が生成する体を与える。 残りの3種類が3種類のu,vに対応する拡大体を与える。(そうなるはずという推察である、確信的ではない。) 例えばp=7に対しては、u+v√-3には、2±√-3, (-1±3√-3)/2, (5±√-3)/2 の3種類があり、 対応するa+b√-3 は (u+v√-3)/(u-v√-3) は、(1±4√-3)/7, (-13+3√-3)/14, (11±5√-3)/14である。 そのうち、a+b√-3 = (-13+3√-3)/14 の3乗根αは、1の原始21乗根をzとすると α = (-6*z^11 + 5*z^10 - 5*z^8 + 2*z^7 + 5*z^6 - z^5 - z^4 + 6*z^3 - z^2 - 5*z + 4) / 7 と表せる。 (http://searial.web.fc2.com/aerile_re/garoa.htmlで類似の計算を行った。) このとき、α+1/α = (3/7)(z^3+1/z^3) + (9/14)(z^6+1/z^6) + 5/14 であり、α+1/αが生成する体は、z^3+1/z^3 = cos(2π/7)が生成する体であることが観察できる。 残りを計算してみると、 a+b√-3=(11±5√-3)/14のほうが、(±1,5,8,11,23,25)というZ/63Z*の指数3の部分群に相当する円分体の部分体、 a+b√-3=(1±4√-3)/7のほうが、(±1,2,4,8,16,31) mod 63 に対応する円分体の部分体に対応するようである。 【追記】 Q(√a)/Qで(2)が不分岐となる条件がa≡1(mod 4)であるのと類似して、 K((a+b√-3)^(1/3))/Kで(√-3)が不分岐となる条件は、a+b√-3≡±1 (mod 3)、すなわちb≡0 (mod 3)である。 これは、局所体の拡大の観察に帰着すれば良い。 --- 参考 冒頭のpdfのreference[26]には、スキームの言葉でこのあたりのことが書かれているらしい。(踏み込んでいない) https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1090&item_no=1&page_id=13&block_id=21 書いた日:2021/9/30 【追記】:2021/10/1
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