いくつかの文章


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敢えて少し自己紹介するなら (2014/6/30)
シルルと名乗ってました。ピアノと数学が好きです。ひっそりした過ごし方が好きです。
何かの拍子に見知らぬ人のホームページを見た時に興味を持つことがあります。
このページもそんな風に興味を持ってもらえることがあれば嬉しく思っています。
ホームページの紹介 (2012/9/22)
・桜の箱庭シリーズ:javascriptで作ったゲームです。
いろんな場所をクリックするゲームです。公開して長くなったので答えを載せておきました。

・ピアノ:時々作曲してます。作品はひっそり公開してます。

・迷路シリーズ:センター試験の余った時間に一生懸命考えたアルゴリズムです。
あと中学校の休み時間に作った手書きの迷路をマウスで遊べるようにしてみました。

・その他:いろんな趣味です。
[追記] 全体的に、「落書き」のようなものと思ってくれたらと思います

(以下の文章たちは過去の日記からの抜粋です。)
思想の変遷:
もっと昔の思想 (2008/4/2)
虚構はいずれ消え去る運命にある。が、この世界はその存在自体が虚構だ。それなら、大きな虚構を作り、それが消え去るまでの時を楽しむことが、私たちの務めというものなのかもしれない――虚構=夜空の虹≒神話=物語≒世界=シナリオ≒夢=創造=楽しみ≒感動、という意味だよ。
私の迷信 (2010/6/2)
価値観(事実以外の主張)はすべて迷信である。
まず、迷信が正しいかは区別不可能である。(自然科学は1つの迷信であるという立場)迷信は自然科学を除いて反例によって論駁不可能である。その反例はきっと例外と呼ばれて無視される。その様子は、類推には主張の権利がない様子に似ている。
ここでは、宗教やイデオロギーと呼ばれるものも、つまり価値観は全般的に迷信と同一視できることにする。
たぶん、直感はすべてを知っているから直感に従って生きるというようなものも迷信である。
迷信は信じるか信じないか自由である。 しかし、自分の向上をもたらすなら信じたらいいのではないかと考える。 そうすると、ホメオパシーのようなものが主婦たちに心理的効果をもたらすから彼女らが信じるのも止めることはないが…それは随分コストが高い迷信であるよ。

さて、しかしである。次の迷信はどうか:"世界は自分を中心に動いている"
もちろんこの迷信によれば、ばれない悪事をすることは問題なく、不当な獲得は幸運として享受するべきであろう。
この迷信は大いに自分に益をもたらす。しかし…私は次のように解釈しようと思う。その迷信は精神を向上されない(どころか堕落させる)。我々は精神を向上させる迷信を優先するべきである。ここで、精神の向上とは、思うに、より哲学をすることではないか、という仮説を示しておく。
確かに、先の迷信は哲学することを促進しない。一方で、その解釈は、自然科学だけを信じるという態度も嫌っていることを注意しておく。

前置きが長くなってしまったが…

誓約
私は妖魔に仕え妖魔に従う
(ここで妖魔とはそう呼ぶことにしただけで、妖しい魔というような意味とは関係はない)

条項(思いつく辺り)
直接あるいは間接に妖魔に従うこと(特に適切な睡眠)を優先、直接にも間接にも妖魔に従うためにならないことを拒否
倹約を推奨、善行を推奨、不当な利益を拒否、不当な強制を禁止
正当な直感(感情に依存しないもの)を重視
不当な論理(自己循環言及、根拠に対して過剰な主張)を禁止
時々の瞑想を推奨、瞑想の一種となる芸術創造を推奨

有効期間
私が今の同じくらい若い間であると思う。というより、これが破り捨てられることは、私が今より一段若くなくなったことを意味する気がする。

見直し (2011/8/27)
人がどのように行動しようとも、それぞれその後の世界はちゃんと存在するだろう。どんな行動も一応"あり"だ。 けれど、人は行動の選択する基準のようなものを持っていて、例えば、自分にとって一番得するように行動する人もいるかもしれないし、世界が一番良くなるようにと行動する人もいるかもしれない。 そのような行動の基準は、何を一番大事だと思うかとか、あるいは何のために生きているかとか、その辺りについてどう思ってるか―価値観―を反映しているはず。 価値観がしっかりしているときは、それに従って行動すれば良いわけであるから(違うときもあるかも)、鬱のような気分が続いたりするようなときは、価値観が揺らいでる可能性が結構あると思う。 そんなふうに、価値観を選択する場面もある。価値観を決めるものが、直観ってやつだと思う。こんな価値観は嫌だ、とか。

自分の直観が、自分とは別の価値観の中に、自分の価値観にはない正しさ、を見つけたとき―自分の直観をよく見つめるのが一番良いと思う。
今回は、私の価値観がいつのまにか堕落していたと気がついた。私の価値観は、1年前の6/2の日記、私の迷信、に書いてあるのをこれからも採用したい。 新しく表現を補足する:精神を堕落させない、ということを重視しようと思う。

最近の価値観 (2012/7/9)
・準同型
結構以前から思ってた
人の一生、地球の歴史、宇宙の歴史…これらは準同型な関係がある気がする
つまりその中の1つについて言えることは、他についても結構言える

どんな人生がいいのか、という問題は、どんな世界がいいのか、と問うのと似ているし
その他諸々…

・決定的
未来はやってくるのだ。
最近は自由意志がないと信じるほうに近い
将来のことを自分で決めるのが辛いからか
「思っていたのと違う」のが怖いのだろうか

・そういうこともある、運が悪かった
等が最近の内心の口癖

・今を楽しまないと
将来遊ぶ時間がなくなるらしいからね。

・ピアノが一番好き
五月からまた作品を作ってます。今の進行度は1/3ぐらいか。
夢と仕事は別だと思います

・私も線香始めました
心が沈まる

・ゲームについて
最近ふたたびロックマンゼロを遊んでます
修練の精神…かな…

世界樹の迷宮4が発売されたらしくとても気になるが3DSを買わないと遊べないのが辛い

空想で終わらせるのもたまには良いかもしれない
ほら、恋も妄想のまま終わらせたほうがいいかもしれない、ていうじゃん

実際、世界樹2までは図鑑コンプリートしたけど…あ、3も一応コンプリートしたんだった。
でも高校の時ほど現実を忘れて浸かることができないから、そうなると世界樹はハードルが高すぎる

ポケモン黒白も表面を楽しんで終わった感があるなあ(新作は買ってない)

だから、小さい頃におもいっきり遊ぶべきだ!と最近思う

ただ、WIFIなどの対戦系のは、得るものが少ない気がする。
やっぱり1人用ゲームが一番いいよ。

・今年の7/7
親が来て1人じゃなかった
まあ適当に振り替えればいいよね
整理 (2013/3/11)
<私の思想>

<前提...思想の多様性>
・信仰
世界5分前仮説という仮説は示唆に富んでいた。
(世界は実は5分前に始まったかもしれないという仮説。否定はできないのだ...)
この世界の現実については、信じたことしか正しくないのである。
正しい、はそれぞれ自分の中に定義される概念だから、だと思う。
自分が信じたいものを信じる。そうするのである。
未来は決定されているか、
自由意志はあるのか、
意識、精神は人間に特有か、
世界は3次元なのか、
時間はあるのか、
世界は五分前に始まったのか、
このような問いに対する答えはいずれも"区別不可能"である。

キャンディがなくなるまではキャンディがなくなることを確かめ得ないし、
キャンディがなくなってからではキャンディを食べたことを確かめ得ない。
こんなふうに、因果関係もまた、それが時間的に離れた出来事を結び付けるものであるために、
何かを信じることなしには確かめ得ない。と気づいた。
そういう意味で、因果もあるいは科学も宗教の一種だと思っている。

・価値観は"多様体"(数学用語と掛けて)
価値観のパラメーターは連続的だと思う。
任意の2つの価値観の間には常にそれらに対する中間的な価値観が存在すると思う。
みにくいアヒルの子の定理という面白い定理は、そういう主張だと認識している。

万人の価値観は異なるから、万人が満足できるようなシステムは存在しないと思う。
資本主義はあまり良いやり方だとは思わないけれど、しょうがないと思っている。

<その中で>
・じゃあ何を信仰するのか
私は全体的には、自分の心に良い信仰をするようにしたいと思っている。
私は植物が好きです。日本文化が好きです。自然が好きです。日本庭園が好きです。
私は「心」が最も大事なものだと思っています。
私たちだけじゃなくて植物にも精神があると思ってみたことも有った。
周知の通り、物理法則はいくつかの点で世界を完全には拘束していない。
世界を支配を支配しているのは物理法則と精神の両方じゃないかと思ったりもした。

<幸福観>
日常の中に小さな幸せ(いい気分)を楽しむことは良いだと思う。
かわいい服を着るとかおいしいものを食べるとか。衣食住遊ってやつ。
でもそれらは素晴らしい芸術に触れた時の感動には及ばないと思っている。

現代の科学技術はほとんど幸福には必要ないと思っている。
発展した通信端末は逆に人々の心を盗んでいるように思える。
でも何を幸福だと思うか当然人によって違うから敢えて阻害しようとは思わない。
それから、悪いことをしても幸せにはなれないと思ってるです。
心からいい気分になれないから。だから悪いことはしないでください。

あと私は数学が好きだけど、以上のようなことを考えてみると、
数学は私が好きな物の中で最も手放しても良い物だと思ってしまう。

<芸術>
芸術の実現を考えると、頭の中でのイメージとしての芸術と、
その具現(技術と呼ぶことにする)の2つの面があると思う。

最近は、技術が本当に発展している。それは注意すべきほどだと思う。
例えば画像表現において簡単に幻想的な世界を描けるようになった。
技術が芸術を追い越してしまったような印象である。

ピアノに関連して音楽性と技術性の2面が重要とよく言われる通りと思う。
ペダルを踏んで分散和音とかトレモロとかで伴奏をつけたら、
なんかそれっぽい良い感じの音楽に聞こえてしまうけど、
そういう音色的効果に頼らない純粋音楽も大事にするべきだと思ったりした。
「心」がこもっているのは技術のほうより芸術のほうだと思う。
(もちろんその表現のために技術を操るのも大事だけど。)

<社会>
科学技術がこんなにも発展したのに皆が働く必要があるのか。
(社会が成り立つために最低限働く人は必要であると思うけれど。)
科学、技術、経済を発展させ続ける必要があるのか。
(そしてそれは人のためになっているのだろうか。)

1つ目は、そうしないと不公平だと言いだす人がいるからしょうがない
2つ目は、そうしないと国家として生きていけないからしょうがない
という認識をしている。どちらの状況も良く思わないけどしょうがない

お金を払う時、私たちは、物またはサービスを受け取る。
物を受けとった場合には、必ずその物を作り出した際の資源の消費が共役する。
従って、物を受け取る通路でお金が回れば回るほどそれに共役して
どこかで資源が使われている、と考えている。
各人が自己の利潤を追求すれば経済は潤うという「見えざる手」理論に対して、
それは自然の浪費を引き起こすという指摘は尤もであるように思う。

科学技術は人々を豊かにしているのかという問いは忘れないべきだと思う。
科学技術で節約された時間はさらなる労働に使われているように見える。
私はこの状況をなんとかするつもりはない。なんとかできると思わない。
統合の試み (2014/6/19) rakugaki.jpg
6/19
今日は久しぶりに落書きをしました。
「雲をつかもうとして届かない人」
「謎の珠を大事に離さない人」を描きました。
今度機会があったらスキャンして保存しておきたい。
[追記] スキャンじゃなくて写真だけど撮りました(見出し横のリンク)

日記を振り返って思想の"統合"をここに試みてみようと思った。 原則: 迷信や哲学の絶対的否定はできない(世界五分前仮説) 時間とともに何かを選び何かを捨てざるを得ない(カイの化石) しかし何を選択しても未来はやってくる(塞翁が馬) 私の迷信の根底: 精神が堕落しては幸せでない:心が大事(妖魔との誓約) 道端にこっそり咲く花のように生きたいと思う(性格) 幸せとは、私が幸せだと思うこと(衣食住・芸術) 社会: 良いこととは、私が『多くの人が良いと思うだろう』と思うこと。 正しいことは、私が『多くの人が正しいと思うだろう』と思うこと。 社会に良いあるいは正しい仕組みが存在するとは限らない。 資源: 文明が節約してくれた時間を別の仕事に費やせば人は再び忙しい。 植物が固定してくれた炭素を燃やしてしまっては再び二酸化炭素。 お金の動きは資源の消費と共役する。私はお金の概念は嫌い。 現実: 批判すべき対象は基本的には行為であり人ではない。 何が大事かは人それぞれの価値観(先人の創造を後世が破壊する) リスクベネフィットを総合考慮して決断するのが重要であるが、 情報不足で結果的に悪い選択をしてしまうのは仕方がない(麻雀) たくさん行動すればたくさん出会う可能性がある(偶然の奇跡) 対人(交錯中): 感情だけに動かされないように気をつけよ。(岡目八目) 無意識のうちに過剰な期待をしてしまうことに気をつけよ。 価値観が重なる分に本音を現し、ずれる分に建前を現す。 私のこと: 価値観と興味が大勢の人とずれてると思う(個性) 時に言葉が遅い。 1人でいる束縛されない時間が好き。 指摘したい気持ちたち: <現世>好奇心、興味;愛着、やさしさ;強い意志、修練; <幻想>驚き、感動;信仰、祈り;無常感、悲しみ; <裏側>怒り、衝動;恐怖、畏れ;憎しみ、怨念;
その後 (2017/3/12+)
「桜の箱庭」を描いてから、いよいよ8年となった。
不思議なことに、このぐらいが一度振り返りたくなる時期なのだろう。
約1年前に書いた「もう1つの虚構」のあとがきも参照してもらえればと思う。

最近の思想の大きな変化でまず挙げたいことに「気が向くように」という要素がさらに強くなった。
あるいは、積極的な意欲があんまりなくなったように感じている。
根本的には、私の内在的な意欲が、社会から求められている方向と違う事にあるのかなと思った:
でも単に、いわゆるストレスや疲れが蓄積しているということかもしれない。

いや、しかし過去の文章を振り返ると2014/6/30の文章に既に
「最近はしばらく何もする気が起きないような虚ろな気持ちが続いています・・・」
と書いてある。日記を読みなおすと、また別の心当たりに出会った。同時期の日記に
「確かに、"それ"に言及しようとすると頭を突き刺すような感覚がやってくる」と書いた。
そうね・・・
別に大したことじゃないんだけどね。
[追記:そんなもったいぶらずに、sinri.htmlに真実を書きました]

意欲があんまりないという描写をすると良くなさそうに感じるけど、
でも、必ずしも、悪い思想じゃないと思っている。たぶん。
「直感を信じて行動するとうまくいく!直感の見分け方と磨き方」
に出会って、単に仲間を見つけた安心感を味わっている。
私は直感ではなく直観だと呼んでいたんだけどね。

誤解があるといけないので明記しておくと、2014/6/30に記載の「私の迷信の根底」
> 精神が堕落しては幸せでない:心が大事(妖魔との誓約)
> 道端にこっそり咲く花のように生きたいと思う(性格)
> 幸せとは、私が幸せだと思うこと(衣食住・芸術)
はとても大切なものであり引き続き守るつもりでいる。上記の思想はこれに反するものではない。

もう1つの変化は、数学に対してはより積極的になっている。
(積極的ではあるのだが、いつまでたっても先はあまりにも長すぎる、
いつまでたってもまだ装備を整えている段階に感じている。)
最新のピアノ曲作品のタイトルとしたグロタンディークの言葉「満ちてくる海」は
Ravi Vakilさんが公開している代数幾何の素晴らしい教材のタイトルでもある。
これに出会った2016/5/14の日記に「長い付き合いになると良いな・・」と書いてあった。
800ページもあるこの熱心なpdfファイルは機会があるたびに拾い読みしてきた。
それでも、理解度は全体の2〜3割程度だと思う。
中心には、「その向こうに期待される美しい景色を見てみたいという気持ち」
という世界樹の迷宮のようなゲームを鑑賞するのと似ている気持ちだと思った。
でも単に、現実逃避と描写したほうが適切だったりするのかもしれない。

そういえば、最近は庭園に行っていない。
それより数学のpdfファイルを読もうとしてしまうのである。
一度敢えて庭園に行って過ごしてみようかな。

[追記]
このあとふとアイデアができて、「私の部屋」を描きました(HOMEよりどうぞ)。
あとがきでいろいろまた振り返ったりしています。(3/26)
そのあと、以下の私の思想の描写に至りました。
まずは物事を素直に観察する
気分の変化も素直に観察する
自分の直観の存在を信仰する
そして直観によって行動する(4/1)

..それからやっぱり仕事が本格的になってきて、
数学はもうほとんど触らなくなってしまいました。(7/23,4月以降を振り返って)


その他:
世界観の分類 (2010/7/3)
自由意志を認め{0:ない,4:る}
時間は{0:流動的(因果的),2:瞬間的}
世界は決定されて{0:いる,1:いない}

0:決定的
1:物理的
2:物語的
3:恣意的
4:絶望的
5:希望的
6:回想的
7:想像的

0と4:世界は因果と矛盾しない
0:世界は必然の結果
4:知らないゆえに自由

1と5:世界は因果に決められる
1:世界は偶然の結果
5:世界は自由意志の結果

2と6:世界はそこにできた
2:世界が我々を描いた
6:我々が世界を描いた

3と7:世界はそこにできる
3:世界が我々を描く
7:我々が世界を描く
落ち込んだ時に (2012/10/9)
(もちろん効く人効かない人いるだろうけど…)

あなたが大好きなものはなんですか?
(それがあなたのよりどころだから。)

あなたが大嫌いなものはなんですか?
(嫌いなものがあったっていいじゃない。むしろなかったらそれは無理してるんじゃない?)

あなたは今どんな世界観ですか?
(例の分類を思い浮かべて。8つの短文とも、あなたを楽にすると思う。)

自分の体を大事にしてください。
自分の心も大事にしてください。
(食べたいものを食べる。よかったら散歩も良いもの。夜はちゃんと寝る。)

あなたのひそかな自慢はなんですか?
あなたはどんなとき幸せですか?
(やはりあなたのよりどころ)

何もしない時間とか
何も考えない時間
も大事ですよ。
(スローライフともいう)

笑ってください。
(笑顔の方がよいです)

心を盗まれてたりしませんか?
(ネット麻雀のようなものを想定。心はあるべき場所に…)


ストレスはないですか?
(顕明してみると、案外さほどでもないのだ)

こんなところ? 

あ、それから、
人の行為を批判することと、人そのものを批判することを区別するのは大事ですよね。
前者は易しくできるけれど、後者はよっぽどのことがなければしてはいけないと思う。
だって、その人のすべてを知ることは、ほとんどできない。
年ごとの振り返り (2014/6/4)
2009年度
幻想を追い求めた純粋な頃
作品:桜の箱庭、あなたを誘う世界、私を忘れないで
思い出:幻霧の塔、ポケモンソウルシルバー、Sound Horizon
ピアノ:ショパンop.10

2010年度
自身の心を観察し始めた頃
作品:私を忘れないで、ソナタ、桜のジグゾーパズル、紙製ピアノ
思い出:世界樹3、ポケモン白、チームGakenobori@icpc
ピアノ:"心で弾くピアノ"、アルカン、チェルニー連弾

2011年度
再び非現実に溺れていた頃
作品:情景 "私の故郷はどこに"、Silverlightで和声
思い出:魔石発見の手柄、パズルの館かものはし、Nepheshel
ピアノ:シューベルト即興曲

2012年度
再び現実と対面していた頃
作品:7つの現世,5つの幻想,5つの裏側、即興曲
思い出:多項式の約数について、ヤフー知恵袋、世界樹4
ピアノ:シューマン暁の歌とか

2013年度
現実が分からなくなった頃
作品:組曲集、2つの願い事と伝説、もう1つの闇
思い出:日記帳、新世界樹、ポケモンY、数列A237748@oeis
ピアノ:花村光浩とか

2014年度
いろいろ統合したいと思う

いくつかの詩・・・
凍った空気の中を川が流れる;窓辺の君 (2008/3/15)
凍った空気の中を
冷たい水が流れる
その流れに沿って
私はゆっくり歩く

今はまだ薄暗い朝
陽が昇ったばかり
ひんやりしていて
気持ちが落ち着く

流れて行く日々は
窓の外の一陣の風
過ぎ去った日々は
果てしなく悲しい

何もかも何もかも
忘れ去ってしまう
そしてまた新しく
日々がやってくる

あの頃は幼かった
窓辺の君は幻の虹
あの音楽室の君は
一枚の白黒の写真

朝日が昇っていく
川は海へと流れる
私はもうこのまま
凍ってしまいたい
時計の夜 (2008/4/7)
同じ世界にいるけど感じることのできない幽霊はとても悲しいんだよ
けどそんな悲しい気持ちがするから幽霊は幽霊のままでいたいんだよ
冬は寒いけど寒いから冬は冬なんだよ
夜は暗いけど暗いから夜は夜なんだよ

未来を思って今を惜しむ 過去を思って今を悔やむ 現在を生きて今を忘れる 人はそういうふうにして 成長していくのだろうか どこか遠くに行くことは できないこともないけど 未だ来ない静かな世界や 過ぎ去った夢の世界には 行くことはまだできない
遠くかなた 少年たちが 笑っている 大勢の人が 泣いている 何を考えて 眠れない夜 時計は進み 二重窓の外 夜空は暗い おじいさんの時計は 百年休まずに 動いたけれど いまはもう動かない もしこの世界が ひとつの夢なら どこかの時計が 止まっているの
歯車 (2008/4/10)
歯車をくるくると回す
隣の歯車も一緒に回る
だけどその隣の歯車は
静かに止まっているよ

歯車がくるくると回る
とてもゆっくりと回る
だけどその隣の歯車は
くるりと回っているよ

歯車はもう止められた
世界はもう止められた
だけど私たちの世界は
まだまだ進んでいくよ 
漂う (2008/6/4)
わざわざ表現するほどもない程度の深い感動を、
流れる水に記すよ。

すでに打ち砕かれて見ることもできない遺跡を、
どこか幻に見るよ。

ごめんなさい。

晴れでも曇りでも雨でもない中途半端な天気を、 遠くの方に離すよ。 幸せとも悲しみとも分からない不思議な気持を、 心に内緒にするよ。 ごめんなさい。
ただ、 一枚の薄い景色が、 風に揺れているのを見ている。 ただ、 大洋を揺れる波と、 どこかに行ってしまいそうだ。
たくさんの重なり合う世界と夢と幻想と未来が、 近づいて来てるよ。 それらを見ながらそっと目を閉じることだけが、 私たちのすること。
それはそれ (2008/8/5)
ゆっくり回る金属輪の美しくて繊細な音色がずっと続いて
深く乱立する木々の悲しくて静かな景色が忘れられなくて
未来へ誘うラベンダーの広くてかすかな香りが懐かしくて
夜空の果てへ続く虹の危なくて危険な思想がわからなくて

時には
世界が自分を支配していると思ったり
世界は創造なんだと思ったり
世界は皆の世界の重なり合いだと思ったり

気分は変わる
性格は変わる
姿は変わる
人は変わる

そして世界は風の波のように泡となって弾け散る


自らを浄化する氷風の美しくて冷ややかさ孤独がほしくて
輝きを包み込む瞳の悲しくて暖かな善良がもったいなくて
瞑想の先にある山の広くて壮大な人の暮らしがさみしくて
純粋を保つ子供のずるくて無遠慮な幼さが捨てられなくて

時には
運命は自分で変えられないと思ったり
運命を探していると思ったり
運命はお星さまが決めてるんだと思ったり

生まれは変わらない
心の底は変わらない
意識は変わらない
関係は変わらない

そして運命は木の葉のように船となって舞い落ちる
はい、いいえ。 (2008/9/29)
あやしげな薬品を見つけたんだ。
罠ですか?いいえ、チートです。
二つ折りの機械を見つけたんだ。
バグですか?いいえ、仕様です。

科学は人々を幸せにしましたか?
はい、ずっと幸せになりました。
いいえ、昔のほうが幸せでした。
チートでしたか?今は仕様です。

あなたは幽霊を良く思いますか?
はい、幽霊はとても優しいです。
いいえ、幽霊はとても怖いです。
内緒です。でも密かに教えます。

新月になると何が起こりますか?
昼に月が上って眠たくなります。
夜に月が上らなくて眠れません。
本当ですか?いいえ、迷信です。

ばい菌はどんな悪さをしますか?
お腹を壊します。熱を出します。
いいえ、それらは人の仕業です。
ばい菌は人の栄養分を奪います。

知を得ることはいいことですか?
はい、知ることは則ち喜びです。
いいえ、知ることは悲しみです。
知る味を味わいたければどうぞ。

意識は世界よりも大きいですか?
はい、世界は意識で作られます。
いいえ、世界が意識を作ります。
意識の交わりが世界の現れです。

この世界は誰が作ったのですか?
神と呼ばれるクリエイターです。
それではあなたは誰でしょうか?
いわゆるプレイヤーでしょうか?

本気で言っているのでしょうか?
はい、世界はそういうものです。
いいえ、戯言でしかありません。
そんなこと考えずに楽しもうよ。

どうしたら世界を楽しめますか?
あなたはすでに知っているはず。
それを信じてればいいじゃない。
それとも、気分が変わりました?

幻が夢色なのはどうしてですか?
それが幻というものだからです。
星の想いは永遠に続くのですか?
そこに光輝く幻ある限り永遠に。
down (2009/2/12) (新・桜の箱庭へ)
下へ。下へ。下へ…
上昇気流を感じて…
くるくると回って…
桜の泉に向かって…

 その源泉から、
 流れ出す川は、
 はるか遠くへ、
 空に向かって、

  私も行く;
  目を閉じ;
  次の夢に;
  向かって;

   下へ。
   下へ。
   下へ。
   down。

いつでも夢を浮かべて
 七つの気持ちを
  大切にして
   明日へ
    !
桜の小屋 (2009/11/30) (桜の箱庭の思い出)
黄緑の扉
育てられた花は寂しく
壁の丸い絵は懐かしく
過ぎ去っただけの日々

水色の机
その言葉は誰へのもの
引き出しには下らぬ物
扇風機は少しこわれて

黄色い棚
虚ろな目をした人形は
伝えようとしているの?
ああ、それは私だけの…

桃色の夢
冷気を作り出す冷蔵庫
華やかで悲しい花びら
どこまでも沈んでいく
"水平線が作りだす模様" (2010/9/30)

それはまずできるだけ同心円に広がる。1、2、3、4…それらはできるだけ同じ高さでそしてできるだけ同じ早さで広がっていく。 しばらくすると、それは少しずつうねり始める。少しずつこっちに引っぱられたり、あっちから圧されたり。それは少しずつ強くなり交差、つまりねじれが生まれる。 そして、その1つのねじれの片方がつまみあげられたように持ち上がっていく。まだまだ持ち上がっていく。速度を落とさずに。曲線が自然な形に見えるぎりぎりの高さまで持ち上がっていく。ああ、その時、時間の流れは遅くなるのだ。 次の瞬間、それは弾けるように飛び散る。でも、つながっていた部分同士がお互いゆっくり引き寄せ合って、ねじれていたのを解消しながらゆっくり大きな円を作って、今度は同心円にゆっくりゆっくり収束して消えていくのだ。

今度は、飛んでる魔法のじゅうたんのように、あちこちに丘と窪みを作っていく。しかしそれはひそかに。気がつけば、それらはひそかに移動している。だから、私は迷子にならずにいられるはずがない。でもそれらはひそかに着々と準備をしているのだ。 1つの山が目立ってきて、それがぎろりとこちらをにらむ。それが収まると、1つの深い谷が哀れそうにこちらを見ているのに気がつく。小さな1つのもこもこが笑いながら去っていく。そう、時間の流れが速くなってきている。 …それらはぐるぐると回りながら、やがて1つの山と1つの谷をできるだけ点対照に、少しずつ作り上げていく。山は持ち上がり谷は沈んでいく。そしてだんだんゆっくりになって。お互いにひそかに近づこうとしていることに気づいて。ああ、それは1つのどこまでも高くどこまでも低い柱となる! その柱は周囲からどんどん吸い上げて、あるいは吸い込んで、両端にその力をみなぎらせて、それからついに両端からちぎれるようにしてひらひらと飛び出して、目にもとまらぬ速さで飛び回って、泳ぎ回って、ああそれは桜の花びらの舞! けれど間もなくしてすべては着池して、何事もなかったかのように静まり返る。目を見開いてのぞき込んでみても私が映っているだけ。
魔法使い/南瓜祭り (2010/10/2)
ふってくるくる回る星型の虹色の塊を飛ばしてみる。何かに当たるとぱっと弾けるように消えてしまう。
―5のダメージ

大きな球の形をした薄赤いゆらめきを飛ばしてみる。何かに当たると鈍い音の爆発的な衝撃を与える。
―核熱の術式、ディンの炎

細く鋭く目に見えない光線を飛ばしてみる。何かに当たるとそれを瞬間的に固めてしまう。カチコチに。
―冷凍ビーム、イビルアイ

白くまぶしい大きな筒を飛ばしてみる。星の精たちの最後の魔法だ。幻の効果は消えてすべてが元通り。
―マスタースパーク、スターフラッシュ

(また出たよ…) 南瓜祭りへようこそいらっしゃい。 真ん中にいる青い私は三頭飛南瓜。 左の黄色と右の緑の名前は忘れた。 絡めとるツタとロウソクの痛みと、 圧倒的な硬さで来訪者を苦しめる。 ただし氷属性と電気属性には弱い。 さてそんな恐ろしいやつらだけど、 そいつらと仲良くなる方法がある。 君も南瓜頭をかぶればいいんだよ。 ちょっとした覚悟が必要だけどね。 だって南瓜は基本的に呪われてる。 何があろうと私は保障できないよ。 おもしろいから想像してみようか。 たぶん顔にはいつも不気味な笑い、 手には永遠に火がついたロウソク。 きっと怨念を燃料に燃え続けてる。 怨念は燃えてしまうからなくなる。 それでいつもニヤニヤしてるのか。 ああそれから口は決して開かない。 ためてた怨念が逃げてしまうから。 怨念を生命力にしてると書いてた、 よくも私を捨ててくれたなという。 その点で南瓜は幽霊人形に似てる。 いや両者は実は友達かもしれない。 だから幽霊人形ごっこをしようか。 真下にだけ影ができる小細工とか。 触れようとするとすり抜けるとか。 いつのまにか背後にも現れるとか。 でもせっかくのお祭りなんだから、 来訪者には楽しんでほしかったな。 (また見てね!)

2014/6/30
抜粋元の日記はオンラインには存在するんだけど・・・
トップページにそっとアクセスをおいておきました。(2014/7/9)

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